楠岡由浩は何者?帝京大学のU23アジア王者!慶誠高校・西合志中や箱根駅伝、経歴を解説

楠岡由浩(くすおか・よしひろ)選手は、帝京大学駅伝競走部に所属する長距離ランナーです。2025年に10000mで帝京大学史上初の27分台をマークし、2026年には日本選手権5000mで決勝10位、さらにU23アジア選手権10000mで優勝するなど、一気に大学長距離界のトップクラスへ駆け上がってきました。現在は4年生で、駅伝競走部の副主将も務めています。

一方で、楠岡由浩選手について調べると「箱根駅伝」「高校」「中学」「帝京大学」といった経歴に関する疑問が目立ちます。特に2026年の箱根駅伝では「花の2区」を任されながら区間20位となったため、「楠岡由浩に何があった?」「ブレーキだったの?」「怪我をした?」と気になった人もいるのではないでしょうか。

実は楠岡由浩選手は、中学時代までサッカー部だったという少し意外な経歴の持ち主です。高校から本格的に陸上を始め、そこから全国レベル、大学トップクラス、日本代表へと成長しました。ここでは、西合志中学校・慶誠高校時代から帝京大学での活躍、箱根駅伝のアクシデント、自己ベスト、家族や弟、現在の活動まで一つずつ詳しく見ていきます。

楠岡由浩は何者?帝京大学のエースでU23アジア王者

楠岡由浩選手は、熊本県出身の陸上競技選手です。帝京大学医療技術学部スポーツ医療学科に在籍し、2026年度は駅伝競走部の4年生で副主将を務めています。帝京大学の公式プロフィールでも、出身校は慶誠高校、出身地は熊本県と紹介されています。

大学駅伝だけでなくトラック競技でも結果を残しており、5000mでは13分26秒92、10000mでは27分52秒09という記録を持つトップランナーです。特に2026年7月にはU23アジア選手権男子10000mで優勝し、国際大会でも結果を残しました。

楠岡由浩のプロフィール

項目内容補足
名前楠岡由浩公式表記
読み方くすおか よしひろKUSUOKA Yoshihiro
生年月日2004年4月16日2026年9月時点で22歳
出身地熊本県合志市出身
職業大学生・陸上競技選手長距離種目
大学帝京大学医療技術学部スポーツ医療学科
所属帝京大学駅伝競走部2026年度4年生
役職副主将2026年度
出身高校慶誠高校熊本県
出身中学西合志中学校熊本県合志市
主な種目5000m・10000m・駅伝長距離
5000m自己ベスト13分26秒922026年日本選手権予選
10000m自己ベスト27分52秒092025年
ハーフマラソン1時間01分43秒箱根駅伝選手名鑑掲載
主な実績U23アジア選手権10000m優勝2026年

生年月日は2004年4月16日で、2026年9月現在は22歳です。2026年箱根駅伝の選手名鑑でも、10000m27分52秒09、ハーフマラソン1時間01分43秒という記録が掲載されています。

U23アジア選手権10000mで初代王者

楠岡由浩選手がさらに注目を集めたのが、2026年7月に中国・オルドスで行われたU23アジア選手権です。

日本代表として男子10000mに出場すると、序盤から先頭集団でレースを進め、終盤まで勝負どころを待ちました。そして残り300mからスパートをかけ、29分29秒34で優勝。初開催となった大会の男子10000m初代王者となりました。

帝京大学の駅伝選手という印象が強かった楠岡由浩選手ですが、現在は大学駅伝だけに収まらない存在になっています。日本選手権、U23日本代表と舞台を広げていることを考えると、「箱根を走る大学生」というだけでは説明しきれない選手になってきました。

楠岡由浩の中学・高校は?西合志中から慶誠高校へ

楠岡由浩選手の学歴を見ると、現在の走力からは想像しにくい経歴があります。

中学時代から陸上一筋だったわけではありません。西合志中学校ではサッカー部に所属しており、本格的に陸上競技を始めたのは慶誠高校へ進学してからでした。

出身中学は西合志中学校!中学時代はサッカー部

楠岡由浩選手の出身中学校は、熊本県合志市の西合志中学校です。

西合志中学校側も、2026年の箱根駅伝で2区を走った楠岡由浩選手を「西合志中出身」と紹介しています。また、慶誠高校の資料でも出身中が西合志中、中学時代の部活動がサッカー部だったことが確認できます。

中学3年間はサッカー部に所属していましたが、中体連の駅伝では助っ人のような形で選手として出場していたそうです。高校時代の恩師・中村大樹監督によると、勧誘した当時の3000m自己ベストは9分36秒ほどだったと振り返られています。

現在10000mを27分台で走る選手が、中学時代にはサッカー部だったというのはかなり意外ですよね。

ただ、中学生時代から走る力は見せていました。合志市の広報では、市民健康カントリーマラソン中学生男子3kmで楠岡由浩選手が優勝した記録も残っています。

慶誠高校から本格的に陸上競技を開始

高校は熊本県の慶誠高校へ進学しました。帝京大学駅伝競走部の公式プロフィールにも出身校として「慶誠」と明記されています。

慶誠高校ではサッカーではなく陸上競技を選択します。

楠岡由浩選手自身、高校1年時の取材で「中学校の時はサッカー部でしたが、中村先生から陸上で声をかけていただいて慶誠高校で陸上をがんばろうと思い入部しました」と話しています。

つまり、楠岡由浩選手が長距離選手として大きく伸びるきっかけを作ったのが、慶誠高校陸上部の中村大樹監督でした。

高校3年で5000m13分55秒84を記録

高校時代の成長はかなり急激でした。

高校3年だった2022年4月の織田幹雄記念・西日本ジュニア5000mでは14分09秒88をマークして優勝。楠岡由浩選手自身も、この大会を陸上競技人生の大きな転機として振り返っています。

全国高校総体では5000m決勝に進み、8位入賞まで約5秒という9位。さらに同年の国民体育大会5000mでは13分55秒84まで自己ベストを伸ばし、3位に入りました。慶誠高校陸上部の歴代記録でも5000m13分55秒84が残されています。

中学までサッカーをしていた選手が、高校3年間で全国3位、5000m13分台まで到達したわけです。

単に早い時期から陸上の英才教育を受けていた選手ではありません。高校から専門的に取り組み、自分で走り方や練習方法を学びながら伸びてきたところも、楠岡由浩選手の経歴で特に興味深い部分です。

帝京大学を選んだ理由

楠岡由浩選手は高校卒業後、帝京大学へ進学しました。

高校時代、陸上競技に詳しくなかった頃から知っていた大学の一つが帝京大学だったといいます。慶誠高校の先輩である品川慧選手が帝京大学へ進んでいたこともあり、実際に大学の練習へ参加しました。

そこでチームの雰囲気や設備に魅力を感じ、中野孝行監督のもとで練習すればさらに強くなれると思ったことが進学につながったと明かしています。

帝京大学へ入学した時点ですでに5000m13分55秒84を持っており、「帝京大学史上初の5000m13分台ランナーの入学」として期待されていました。

楠岡由浩の帝京大学での経歴!5000m・10000mで大学記録

帝京大学へ進学した楠岡由浩選手は、順調に記録を伸ばし続けたわけではありません。

1年目には故障が続きました。しかし、怪我との向き合い方を変えたことが、その後の大きな成長につながっています。

大学1年は怪我に苦しんだ

高校時代までは多少の痛みがあっても走りながら治していたものの、大学では練習量が増えたため故障が長引くようになりました。

楠岡由浩選手はその経験から、中野孝行監督と足の状態について細かく相談するようになります。また、帝京大学のスポーツ医科学センターを利用し、違和感がある段階で検査や治療を受けるようになりました。

1年冬頃から故障が減り、継続して練習できる期間が増えていきます。

中学から陸上一本だった選手ではないからこそ、大学に入ってから覚えなければならないことも多かったのでしょう。競技力だけでなく、自分の身体を管理する部分まで身につけていったことが、その後の記録更新につながったことが分かります。

2025年全日本大学駅伝で2区区間賞

3年生となった2025年には、大学長距離界でもはっきりと名前を知られる存在になりました。

出雲駅伝では1区を23分36秒で走り区間3位。続く全日本大学駅伝では2区を任され、31分01秒で区間賞を獲得しました。しかも、この31分01秒は当時の区間記録と同タイムでした。

帝京大学は全日本大学駅伝で総合6位となり、シード権を獲得しています。

楠岡由浩選手はこの時点で、帝京大学の「有力選手」の一人というより、レースの流れを変えられるエースになっていました。

10000mで帝京大学初の27分台

さらに2025年11月、楠岡由浩選手は10000mで27分52秒09を記録しました。

これは帝京大学として初めてとなる10000m27分台でした。全日本大学駅伝で区間賞を取ったわずか2週間後の記録であり、駅伝とトラックの両方で結果を残していたことが分かります。

5000mだけでなく10000mでも大学記録級の走りを見せたことで、2026年箱根駅伝では当然のようにエース区間である2区を任されることになります。

楠岡由浩は箱根駅伝で何があった?2区で右足底を負傷

楠岡由浩選手について検索すると、特に気になるのが2026年の箱根駅伝ではないでしょうか。

全日本大学駅伝2区区間賞、10000m27分52秒09という実績を持って迎えた箱根駅伝でしたが、結果は2区20位。1時間11分50秒での襷リレーとなりました。

単なる「ブレーキ」ではなく、レース中に足を痛めるアクシデントが起きていました。

箱根2区の6km付近で右足底に痛み

2026年1月2日の箱根駅伝。

楠岡由浩選手は帝京大学の2区を任されましたが、6km付近で右足裏に痛みが発生しました。その後は思うようにペースを上げられず、区間20位となっています。

レース後に判明したのは、右足底の「部分断裂」でした。

つまり、検索で「楠岡由浩 ブレーキ」と気になった人もいるかもしれませんが、単純に調子を崩して失速したわけではありません。レース中に故障を発症した状態で、襷を最後まで運んでいたことになります。

それでも楠岡由浩選手自身は、怪我だけを敗因にはしていません。故障がなくても上位選手と同じ走りができたかは分からず、自分自身の力不足もあったという趣旨の振り返りをしています。

結果だけを見ると区間最下位でしたが、その後の発言まで知ると印象はかなり変わります。

2025年箱根駅伝では5区を経験

楠岡由浩選手にとって箱根駅伝は2026年が初出場ではありません。

2年生だった第101回箱根駅伝では5区を担当し、1時間13分09秒で区間17位でした。帝京大学は最終的に総合10位となり、シード権を獲得しています。

大学2年では5区、3年では2区。

箱根ではまだ本人が納得する結果を残せていませんが、それだけに4年生で迎える次の箱根駅伝は大きな注目ポイントです。

楠岡由浩は箱根の怪我から復活!5000m13分26秒92へ

2026年箱根駅伝で右足底を部分断裂した楠岡由浩選手ですが、そこからの復帰は非常に速いものでした。

走れるようになるまでには約1カ月を要したものの、3月末には実戦復帰。その後、短期間で帝京大学記録を次々と更新しています。

復帰戦から帝京大学記録を更新

2026年3月28日の国士舘大学競技会では、復帰戦で5000m13分43秒81を記録。

4月11日の金栗記念では10000mで優勝し、4月27日のNITTAIDAI Challenge Gamesでは5000m13分32秒60をマークしました。これにより日本選手権の参加標準記録も突破しています。

さらに5月の関東インカレ10000mでは27分58秒40で7位。27分台でレースをまとめ、故障前の水準へ戻っていることを示しました。

日本選手権5000m予選で13分26秒92

そして2026年6月、日本選手権5000mに初出場しました。

予選2組で塩尻和也選手や鈴木琉胤選手らと同じ組に入りながら、ラストで先頭へ出て13分26秒92の1着。自己ベストだけでなく、帝京大学記録も更新しました。

決勝では13分32秒14で10位。

入賞には届きませんでしたが、日本選手権初出場で決勝まで進み、国内トップクラスと最後まで勝負しました。本人もレース後、圧倒的な差というより「自分もやれる」という感触を得たと語っています。

箱根駅伝で部分断裂を負ってから約5カ月です。

箱根だけを見れば苦しい2026年のスタートでしたが、その後の5000m13分26秒92、日本選手権決勝進出までを見ると、むしろ大学4年で一段上の選手になった印象を受けます。

楠岡由浩の家族は?弟も陸上競技に取り組んでいた

楠岡由浩選手の父親や母親については、名前や職業など詳しいプロフィールは公表されていません。

家族について多くを発信している選手ではないため、父親・母親の職業や家庭環境を断定できるような情報も確認できませんでした。

弟がいることは高校時代の恩師が紹介

一方で、弟がいることは高校時代の恩師・中村大樹監督の記事で触れられています。

中村監督が楠岡由浩選手の高校時代を振り返った記事では、インターハイなどに弟が一緒に来ていたことが写真説明で紹介されています。

また、慶誠高校には楠岡史朗選手が在籍し、5000m競歩で全国高校総体3位などの実績を残しています。慶誠高校公式の記録にも楠岡史朗選手の名前があります。

ただし、今回確認できた公式記録では「楠岡史朗選手=楠岡由浩選手の弟」と明記された資料までは確認できなかったため、兄弟関係を名前まで断定するのは避けたほうがよさそうです。

少なくとも、楠岡由浩選手には高校時代から大会をそばで見ていた弟がいることは確認できます。

楠岡由浩の性格・人柄は?自分で考えて強くなるタイプ

楠岡由浩選手の性格について、本人が「自分は○○な性格」と詳しく語った情報は多くありません。

ただ、学生時代のエピソードや本人の発言を見ると、自分で課題を見つけ、改善を繰り返すタイプであることが伝わってきます。

高校時代から自分で練習方法を考えていた

慶誠高校時代について楠岡由浩選手は、比較的自由に練習できたため、自分で考える場面が多かったと振り返っています。

高校1年では分からないことが多かったものの、2年になる頃には「どうすれば速くなれるのか」が分かるようになってきたと語っています。

恩師の中村大樹監督も、楠岡由浩選手が怪我を防ぐため、冬合宿の朝練習前に湯船で身体を温めてから参加していたエピソードを紹介しています。競技成績が上がるにつれて勉強にも取り組み、成績を伸ばしたことも明かしています。

能力だけに頼ってきた選手ではないことが分かります。

大学では練習量でもチームを引っ張る存在に

大学3年時の夏合宿では、8月の月間走行距離がチームトップタイとなる1010kmに到達しました。

監督から示されたメニューをただこなすのではなく、そこから自分で量や質を上げることを考えていたと話しています。

2026年度に副主将へ就いたのも、こうした競技成績だけではない部分を評価されているのでしょう。

高校から本格的に陸上を始めた選手が、大学4年で副主将、日本代表、アジア王者まで到達した過程を見ると、楠岡由浩選手の強みは「最初から完成された才能」というより、経験するたびに修正して強くなってきたところにあるように感じます。

楠岡由浩の現在は帝京大学4年!最後の駅伝シーズンへ

2026年9月現在、楠岡由浩選手は帝京大学4年生です。駅伝競走部では副主将を務め、最後の大学駅伝シーズンを迎えています。

2026年前半だけでも、日本選手権5000m決勝進出、自己ベスト13分26秒92、U23アジア選手権10000m優勝と、トラックでは大学入学後でも特に充実した結果を残しました。

U23アジア選手権では29分29秒34で金メダル。帝京大学公式サイトでも、初開催大会の男子10000m初代王者として紹介されています。

大学入学当初、楠岡由浩選手は「トラックで世界を目指したい」「大学4年間で学生トップランナーへ成長したい」と語っていました。

その言葉から3年以上が経ち、日本選手権決勝と国際大会優勝まで到達しました。

一方で、箱根駅伝では2年時の5区17位、3年時の2区20位と、まだ本人が納得できる結果を残せていません。2026年の2区は故障というアクシデントがあったとはいえ、楠岡由浩選手自身も怪我だけを理由にせず、力不足を認めています。

だからこそ、大学最後となる駅伝シーズンでどんな走りを見せるのかは大きな見どころです。

楠岡由浩の人物像に関するまとめ

  • 楠岡由浩選手は帝京大学駅伝競走部の4年生で、2026年度は副主将を務めている
  • 2004年4月16日生まれで、2026年9月現在は22歳
  • 熊本県合志市出身で、中学校は西合志中学校
  • 中学3年間は陸上部ではなくサッカー部に所属していた
  • 慶誠高校へ進学してから本格的に陸上競技を始めた
  • 高校3年時に5000m13分55秒84を記録し、国体で全国3位に入った
  • 帝京大学では10000m27分52秒09を記録し、大学初の27分台ランナーになった
  • 2025年全日本大学駅伝では2区区間賞を獲得し、区間記録タイの31分01秒をマークした
  • 2026年箱根駅伝2区では6km付近で右足底を負傷し、部分断裂の状態で走り切った
  • 怪我から復帰後、日本選手権5000m予選で自己ベスト13分26秒92をマークした
  • 2026年日本選手権5000mでは初出場ながら決勝10位に入った
  • 2026年U23アジア選手権10000mでは29分29秒34で優勝し、初代王者となった

楠岡由浩選手は、中学までサッカーをしていたところから高校で陸上を始め、大学では帝京大学記録、日本選手権決勝、そしてU23アジア王者まで成長した選手です。

特に印象的なのは、順風満帆だったわけではない点です。大学1年での度重なる故障、箱根駅伝での苦戦、2026年2区での右足底の部分断裂を経験しながら、そのたびに自己ベストを更新してきました。

大学最後の駅伝シーズンで、トラックで身につけた強さを箱根駅伝でも発揮できるのか。帝京大学のエース・楠岡由浩選手の走りに、これまで以上に注目が集まりそうです。

参考・出典

楠岡 由浩|帝京大学 駅伝競走部 オフィシャルサイト

【箱根駅伝2026名鑑】帝京大学 | 月陸Online|月刊陸上競技

3_19242_up_jrxtmv23.pdf

陸上・駅伝 – 帝京大・楠岡由浩 「史上初5000m13分台ランナー」の加入、世界で戦える選手に | 4years. #学生スポーツ

帝京大・楠岡由浩が箱根駅伝の悔しさを糧に日本選手権5000mで躍動 チームの歴史を切り開くエースの意地 | web Sportiva (スポルティーバ)

駅伝競走部の楠岡由浩さんがU23アジア選手権大会で優勝しました | 帝京大学

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