鳥井健太は何者?青学の山登り候補!清風高校時代・競技成績・怪我からの復帰を解説

鳥井健太選手は、青山学院大学陸上競技部の長距離ブロックに所属する陸上選手です。上り坂を得意とし、箱根駅伝では山登りの5区候補として注目されています。

高校時代から全国大会に出場してきた実力者ですが、大学では怪我に悩まされた時期もありました。そのため、「鳥井健太選手は何者なのか」「出身高校はどこなのか」「箱根駅伝を走ったことがあるのか」と気になっている人も多いのではないでしょうか。

この記事では、鳥井健太選手のプロフィールや中学・高校時代、青山学院大学での競技経歴を詳しく解説します。出雲駅伝の成績や世田谷246ハーフマラソンでの活躍、怪我からの復帰、箱根駅伝5区への思いについても紹介します。

鳥井健太は何者?青学の山登り候補として注目

鳥井健太選手は、青山学院大学体育会陸上競技部の長距離ランナーです。

青学では経営学部経営学科に在籍し、2026年度は4年生として大学最後のシーズンを迎えています。青山学院大学の公式プロフィールには、5000mで13分36秒73、10000mで28分10秒02、ハーフマラソンで1時間2分23秒という自己ベストが掲載されています。

特に評価されているのが上り坂への強さです。鳥井健太選手自身も箱根駅伝の5区を希望しており、2027年の箱根駅伝に向けて「山登り」の有力候補として注目されています。

鳥井健太のプロフィール

項目内容補足
名前鳥井健太公式表記
読み方とりい・けんた青学公式
生年月日2004年7月5日報道で確認
年齢22歳2026年9月時点
出身地大阪府市町村は公式非公表
国籍非公表日本人選手として競技
身長175cm2026年の報道
体重58kg2026年の報道
出身中学校誠風中学校大阪府泉大津市
出身高校清風高校大阪府
大学青山学院大学経営学部経営学科
所属青山学院大学陸上競技部長距離ブロック
種目長距離走・駅伝上り坂を得意とする
5000m13分36秒73大学1年時
10000m28分10秒02大学3年時
ハーフ1時間2分23秒大学3年時
主な実績出雲駅伝5区、関東インカレ4位大学時代

鳥井健太選手は2004年7月5日生まれで、大阪府出身です。身長175cm、体重58kgと紹介されており、長距離ランナーらしい細身の体格をしています。

本名は鳥井健太で読み方は「とりい・けんた」

鳥井健太選手の名前の読み方は「とりい・けんた」です。

青山学院大学陸上競技部や大会結果でも一貫して「鳥井健太」と表記されているため、芸名や登録名ではなく、本名とみてよいでしょう。

名前の由来については、本人や家族から詳しい説明は公表されていません。旧名や別名で活動していた事実も確認できませんでした。

出身は大阪府で国籍は公表されていない

鳥井健太選手の出身地は大阪府です。中学校は大阪府泉大津市にある誠風中学校、高校は大阪市天王寺区にある清風高校へ進んでいます。

国籍について本人が詳しく語った情報はありません。ただし、日本の中学校・高校・大学で競技を続け、日本陸連の大会に出場している日本人選手として紹介されています。

鳥井という名字や外見から、外国籍やハーフとする情報も確認できませんでした。

鳥井健太の家族構成や両親・兄弟は非公表

鳥井健太選手の父親、母親、兄弟姉妹については、詳しい情報が公表されていません。

中学時代から全国レベルの大会へ出場し、その後は大阪の陸上強豪校である清風高校へ進んでいます。競技を続けるうえで家族による支えがあった可能性はありますが、両親の職業や家庭環境について本人が語った事実は確認できませんでした。

父親と母親の名前や職業は公表されていない

鳥井健太選手の父親と母親は一般人とみられ、名前や年齢、職業は公表されていません。

ネット上にも両親に関する具体的な情報はほとんどなく、父親が陸上経験者だったのか、母親が競技生活をどのように支えてきたのかも分かっていません。

鳥井健太選手が本格的に陸上を始めたのは中学生の頃です。全国大会への遠征や高校・大学への進学を考えると家族との話し合いもあったはずですが、公開情報だけで家族関係を詳しく語ることはできません。

兄弟姉妹がいるかも不明

鳥井健太選手に兄弟や姉妹がいるかどうかも公表されていません。

同じ鳥井姓の陸上選手や、SNS上に登場する知人を兄弟とする根拠もありません。兄弟も陸上競技をしているという情報は確認できませんでした。

家族に関する発信が少ないことからも、鳥井健太選手は競技と私生活を分けているのかもしれません。

鳥井健太の学歴|誠風中から清風高校、青山学院大学へ

鳥井健太選手の学歴は、誠風中学校、清風高校、青山学院大学です。

中学で本格的に陸上を始め、高校では全国高校駅伝の主要区間を経験しました。青山学院大学へ進学してからは、大学1年で学生三大駅伝デビューを果たしています。

出身小学校は公表されていない

鳥井健太選手の出身小学校は公表されていません。

大阪府出身で誠風中学校へ進んでいることは確認できますが、小学校名を特定できる公式情報や本人発言は見つかりませんでした。

陸上競技を本格的に始めたのは中学校時代と報じられているため、小学生の頃から専門的な長距離選手として活動していたわけではないようです。

出身中学校は泉大津市立誠風中学校

鳥井健太選手の出身中学校は、大阪府泉大津市にある誠風中学校です。

誠風中学校に入ってから本格的に陸上競技を始め、トラック競技や駅伝で全国大会を経験しました。中学3年時には3000mで8分51秒27を記録した大会もあり、早くから大阪を代表する長距離選手として活躍しています。

中学生の段階で全国レベルの舞台を経験したことが、その後の清風高校進学にもつながったのでしょう。大学で上り坂を武器にする現在の姿だけを見ると山に特化した選手に思えますが、もともとはトラックでも実績を残してきた選手です。

出身高校は大阪の陸上強豪校・清風高校

鳥井健太選手の出身高校は、大阪府の私立清風高校です。青山学院大学陸上競技部の公式プロフィールにも、出身校として清風高校と記載されています。

清風高校は全国高校駅伝への出場経験を持つ陸上競技の強豪校です。鳥井健太選手は高校2年時の2021年に全国高校駅伝へ出場し、3区を走りました。

高校3年時の2022年には、各校のエース級が集まる「花の1区」を担当。10kmを30分01秒で走り、区間14位に入りました。清風高校は2時間7分36秒で総合25位となっています。

全国高校総体では5000mにも出場しており、高校時代の自己ベストは14分07秒90でした。高校駅伝の最長区間を任されていたことからも、チーム内で中心的な役割を担っていたことが分かります。

青山学院大学では経営学部経営学科に在籍

高校卒業後は、青山学院大学経営学部経営学科へ進学しました。

青学の長距離ブロックは、選手層の厚さで知られる大学駅伝の強豪です。高校時代に全国大会へ出ていた鳥井健太選手でも、入学直後はチーム内で下の位置にいるという危機感を抱いていたと語っています。 また、関連する選手については、平松享祐選手の箱根駅伝での走りも紹介しています。

2023年の夏合宿では「ここで変わらなければ埋もれてしまう」という思いから坂のタイムトライアルに力を入れ、上りへの自信を身につけました。強豪校に入っただけで順調に主力へ成長したのではなく、競争の中で自分の武器を見つけた点が印象的です。

鳥井健太の経歴|出雲駅伝から世田谷ハーフ優勝へ

鳥井健太選手は、大学1年時からトラックで好記録を出し、出雲駅伝で学生三大駅伝デビューを果たしました。

その一方で、駅伝での悔しい結果や度重なる怪我も経験しています。順調な成績だけを並べるより、思うように走れなかった期間から何度も戻ってきたことが、鳥井健太選手を知るうえで大切な部分です。

大学1年で5000m13分36秒73を記録

大学1年時の2023年9月、鳥井健太選手は5000mで13分36秒73を記録しました。

高校時代の自己ベスト14分07秒90を30秒以上更新する大幅な成長です。入学から半年ほどで青学の主力候補に浮上し、同年10月の出雲駅伝メンバーに選ばれました。

トラックで速いタイムを出せるだけでなく、上り坂にも適性があることから、ロードや駅伝でも期待されるようになります。

出雲駅伝5区で学生三大駅伝デビュー

2023年10月の第35回出雲駅伝では、1年生ながら5区を任されました。

大学駅伝デビューという大きな機会でしたが、区間9位という悔しい結果に終わりました。大会直後の取材では、先頭との差を縮めようとする気持ちが強くなりすぎ、冷静さを欠いたと振り返っています。青学公式サイトでは5区区間9位、当時の一部報道では区間10位と表記されていますが、現在の大学公式記録を優先すると区間9位です。

鳥井健太選手はこの経験から、自分にはタイムだけでなくレースでの「強さ」が必要だと実感しました。原晋監督から「ここが強くなるとき」と声をかけられ、練習へ取り組んでいます。

失敗をなかったことにせず、何が足りなかったのかを具体的に振り返っているところに、競技への真面目な姿勢が表れています。

初ハーフマラソンで世田谷246を制覇

出雲駅伝から約1か月後、鳥井健太選手は世田谷246ハーフマラソンへ出場しました。

初めてのハーフマラソンながら、15km過ぎの上り坂で先頭へ追いつき、1時間2分35秒で優勝。2位の塩出翔太選手、3位の白石光星選手とともに、青学勢で表彰台を独占しました。

鳥井健太選手は序盤で焦らず、得意な上り坂まで力を残して勝負しています。出雲駅伝では冷静さを失ったことが課題でしたが、世田谷ハーフでは同じ失敗を繰り返しませんでした。

わずか1か月でレース運びを修正して優勝したことは、鳥井健太選手の対応力を示す大きな実績です。

10000mとハーフでも自己ベストを更新

大学3年時には10000mで28分10秒02を記録し、従来の自己ベストを更新しました。

2025年11月の世田谷246ハーフマラソンでは1時間2分23秒で6位に入り、大学1年時の記録を12秒更新しています。

2026年4月の関東インカレ男子2部ハーフマラソンでは、1時間3分32秒で4位入賞を果たしました。気温が高い厳しい条件のなかでも上位に入り、大学最後のシーズンへ向けて結果を残しています。

鳥井健太は怪我を乗り越えて箱根駅伝5区を目指す

鳥井健太選手は大学入学直後から注目された一方、怪我によって練習を継続できない時期も経験しています。

大学3年時の第102回箱根駅伝では登録メンバーに入ったものの、当日の出走はありませんでした。大学4年時には関東インカレで4位に入った後、左すねの疲労骨折が判明しています。

度重なる怪我で箱根駅伝出走を逃した

鳥井健太選手はトラックやハーフマラソンで好記録を残しながら、怪我に悩まされてきました。

大学3年時には箱根駅伝の登録メンバーへ入ったものの、走者には選ばれませんでした。2026年4月には関東インカレで4位、同月の日体大記録会5000mで13分42秒54を記録しましたが、5月に左すねの疲労骨折が判明しました。

好調な時期に怪我が分かっただけに、「また怪我か」という悔しさもあったはずです。ただし、本人が当時の内面をすべて語っているわけではありません。

結果だけを見ると大学生活が停滞したように感じますが、怪我から復帰するたびに競技レベルを戻している点は見逃せません。

2026年6月の絆記録会でレース復帰

疲労骨折から回復した鳥井健太選手は、2026年6月28日の絆記録会5000mで実戦に復帰しました。

当初は3000mまでペースメーカーを務める予定でしたが、そのまま走り続けて組トップでゴールしています。同じレースがマネジャーへ転向する植村真登さんの引退レースだったため、鳥井健太選手は一緒に最後まで走ろうと思ったと説明しました。

自分の復帰戦でありながら、仲間の節目にも思いを向けたエピソードです。本人の性格を一つの出来事だけで断定することはできませんが、チームメートとのつながりを大切にしていることが伝わってきます。

箱根駅伝の山登り5区が最大の目標

鳥井健太選手が箱根駅伝で希望している区間は、山登りの5区です。

世田谷246ハーフでは、15km過ぎの急な上り坂で仕掛けて優勝しました。本人も上り坂を長所として挙げており、大学1年時から「5区は逆転が起き、一番かっこいい区間」と話していました。

青学では若林宏樹選手や黒田朝日選手など、山登りで強さを発揮した選手が続いています。鳥井健太選手にとって5区を走ることは、単なる区間希望ではなく、大学入学後から追い続けてきた目標です。

大学4年間で箱根駅伝を走った経験はまだありません。だからこそ、2027年1月の箱根駅伝は、鳥井健太選手にとって学生生活の集大成となる大会です。

鳥井健太の性格・人柄は?

鳥井健太選手の発言からは、負けず嫌いで自分の課題を率直に認められる人物像が見えてきます。

出雲駅伝で思うような走りができなかった際には、速いタイムを持っているだけで「強さ」が足りなかったと自己分析しました。一方、世田谷ハーフで優勝した後も、箱根駅伝へ向けて油断できないと話しています。

悔しい結果から課題を見つけられる

鳥井健太選手は、レースで失敗した原因を周囲や展開だけのせいにしていません。

出雲駅伝では先頭との差を意識しすぎたことで冷静さを失ったと振り返り、その後は序盤から落ち着いて走ることを意識しました。その改善が世田谷ハーフでの優勝につながっています。

負けず嫌いである一方、感情だけで次のレースへ向かうのではなく、課題を言葉にして修正できる選手という印象を受けます。

チームメートを思う一面もある

2026年6月の絆記録会では、引退レースを迎えた植村真登さんと走るため、予定していた距離を超えて最後まで完走しました。

自分自身も疲労骨折から戻ったばかりでしたが、仲間の最後のレースを意識して走り切っています。

青学の公式プロフィールに記された4年目のコメントは、「ラストイヤー走るぞーー!」です。

明るく勢いのある言葉ですが、その背景には箱根駅伝を走れなかった悔しさや怪我との闘いがあります。明るさだけでは語れない、強い覚悟を持って最後のシーズンへ向かっているように感じます。

鳥井健太の現在は青学4年生として競技を継続

2026年9月現在、鳥井健太選手は青山学院大学4年生として陸上競技を続けています。

大学公式プロフィールでは、関東インカレ男子2部ハーフマラソン4位が最新の主な実績として掲載されています。夏には菅平高原での合宿に参加し、坂のトライアルでも黒田朝日選手らとともに走りました。

怪我からの復帰直後であり、今後は出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝へ向けてどこまで状態を上げられるかが注目されます。

鳥井健太選手は、大学1年時の出雲駅伝以来、学生三大駅伝での出走がありません。しかし、2026年の関東インカレでは4位に入り、故障からもレースへ戻ってきました。

大学最後の目標は、箱根駅伝で青学のユニホームを着て走ることです。得意の山登りを生かし、念願の5区へ選ばれるのかが最大の見どころになるでしょう。

鳥井健太は何者なのかまとめ

  • 鳥井健太選手は青山学院大学陸上競技部に所属する長距離ランナー
  • 2004年7月5日生まれで、2026年9月時点の年齢は22歳
  • 出身地は大阪府で、身長175cm、体重58kg
  • 本名は鳥井健太で、読み方は「とりい・けんた」
  • 父親、母親、兄弟姉妹などの家族構成は公表されていない
  • 誠風中学校で本格的に陸上を始め、清風高校へ進学した
  • 清風高校3年時には全国高校駅伝の1区で区間14位に入った
  • 青山学院大学では経営学部経営学科に在籍している
  • 大学1年時に出雲駅伝5区で学生三大駅伝デビューを果たした
  • 初ハーフとなった世田谷246ハーフマラソンを1時間2分35秒で制した
  • 上り坂を得意とし、箱根駅伝では山登りの5区を希望している
  • 大学4年時に左すねを疲労骨折したが、2026年6月に実戦復帰した
  • 2027年の箱根駅伝で初出走を果たせるか注目されている

鳥井健太選手は、単に「上りに強い青学のランナー」というだけではありません。出雲駅伝での悔しさや度重なる怪我を経験しながら、自分の課題と向き合ってきた選手です。

大学最後の箱根駅伝で念願の5区を走り、3年分の思いを山登りへぶつける姿を見たいですね。

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参考・出典

青山学院大学陸上競技部

【俺たちの青学大〈8〉】「またケガか」歯車狂った有望クライマー 3年分の山登りへ – 陸上 : 日刊スポーツ・プレミアム

陸上・駅伝 – 青山学院大・鳥井健太 初のハーフで世田谷246優勝、出雲での反省生かし箱根駅伝へ | 4years. #学生スポーツ

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