中島巨翔の読み方は「なかしま まさと」!城西大学主将で箱根9区6位|藤蔭高校・家族・経歴を解説

城西大学男子駅伝部で2026年度の主将を務める中島巨翔選手。箱根駅伝で2年連続の一桁区間順位を残し、2026年2月にはハーフマラソンで城西大学記録を更新するなど、最終学年を迎えて存在感を高めている長距離ランナーです。

名前の「巨翔」は珍しいため、「中島巨翔の読み方は?」「どんな選手なの?」と気になった人も多いのではないでしょうか。読み方は「なかしま まさと」です。2004年8月3日生まれで、大分県日田市から藤蔭高校、城西大学へ進みました。

さらに中島巨翔選手は、もともと小学生から陸上一筋だった選手ではありません。中学まではバスケットボールを続け、市民ランナーだった父親の影響から高校で本格的に陸上を始めました。この記事では、中島巨翔選手の読み方やプロフィール、父親・母親・姉2人の家族構成、日田北部中学校・藤蔭高校・城西大学の学歴、箱根駅伝での成長、2026年現在の活動まで詳しく解説していきます。

中島巨翔は何者?読み方やプロフィールを解説

中島巨翔選手は、城西大学男子駅伝部に所属する長距離選手で、2026年度の主将です。

箱根駅伝では2025年の第101回大会で10区7位、2026年の第102回大会で9区6位。さらにハーフマラソンでは1時間01分24秒という城西大学記録を持っており、ロードで安定した強さを発揮してきました。

中島巨翔の読み方は「なかしま まさと」

中島巨翔選手の読み方は、

中島 巨翔=なかしま まさと

です。

「巨翔」だけを見ると読み方が分かりにくいですが、箱根駅伝の公式登録資料では「ナカシマ マサト」、英語表記は「NAKASHIMA Masato」と記載されています。陸上競技の大会登録でも同じ表記が使われているため、「なかじま」ではなく「なかしま」である点も覚えておきたいところです。

高校時代の地元メディアのプロフィールでは、ニックネームもそのまま「マサト」と紹介されていました。

中島巨翔の基本プロフィール

項目内容補足
名前中島巨翔競技登録名
読み方なかしま まさとNAKASHIMA Masato
生年月日2004年8月3日公式大会登録で確認
年齢22歳2026年9月現在
出身地大分県日田市日田市・本人取材で確認
国籍日本大会登録はJPN
身長167cm高校3年時
体重48kg高校3年時
出身中学校日田北部中学校大分県日田市
出身高校藤蔭高校城西大学では「日田藤蔭」表記
大学城西大学経営学部
競技陸上競技・長距離男子駅伝部
役職主将2026年度
5000m14分05秒72城西大学公式掲載
10000m28分40秒21城西大学公式掲載
ハーフ1時間01分24秒城西大学記録

生年月日や中学校、身長・体重などは高校時代の地元メディアでも紹介されており、大学の公式部員紹介では2026年現在も主将として掲載されています。なお、167cm・48kgは高校3年当時の数値なので、現在の体格まで同じとは限りません。

中島巨翔の家族構成!父親は市民ランナーで姉が2人

中島巨翔選手の陸上人生を語るうえで欠かせないのが家族です。

公開されている情報からは、父親・母親のほかに姉が2人いることが分かっています。特に父親は、中島巨翔選手が陸上を始めるきっかけを作った人物でした。

父親は市民ランナー!陸上を始めたきっかけになった

中島巨翔選手の父親は、市民ランナーとして走っていた人物です。

2026年のインタビューでは、大分県日田市で育った中島巨翔選手が、父親の走る姿を見ながら「自分も陸上をやりたい」という気持ちを持っていたことが紹介されています。高校時代のプロフィールでも、陸上を始めたきっかけについて父親の影響を挙げていました。

中島巨翔選手自身は小学2年生から中学3年生までバスケットボールを続けていたため、幼い頃から陸上部に所属していたわけではありません。それでも家庭の中には「走る」という競技が身近にありました。

結果として高校から本格的に陸上へ転向し、数年後には箱根駅伝を走るまでになったわけです。競技を無理に早く始めたのではなく、父親の姿を見ながら自分自身で陸上を選んだところも、中島巨翔選手の歩みを知るうえで興味深い部分です。

両親への感謝と箱根駅伝での恩返し

2025年の箱根駅伝で初めて10区を走った際には、両親が以前から箱根駅伝を見ていたことにも触れています。憧れの舞台を自分が走ったことで、家族への恩返しになったという思いもあったようです。

兄弟は姉が2人

中島巨翔選手には姉が2人います。

高校3年だった2022年の地元スポーツメディアのプロフィールで、「きょうだい構成 姉2人」と明記されています。姉2人の名前や年齢、職業などは公表されていません。

中島巨翔の学歴!日田北部中から藤蔭高校、城西大学へ

中島巨翔選手の学歴を見ると、陸上一筋で進んできた選手とは少し違った経歴があります。

中学校まではバスケットボールが中心で、高校に入ってから本格的に陸上を開始。そこから城西大学の主将にまで成長しました。

出身中学校は日田北部中学校

中島巨翔選手の出身中学校は、日田北部中学校です。

高校3年時のプロフィールに「前所属チーム(出身中学校) 日田北部中学校」と記載されています。中学時代もメインで取り組んでいたスポーツはバスケットボールでした。

陸上競技を本格的に始めるのは高校1年からです。

つまり、大学駅伝の有力校で主将を務め、ハーフ61分台まで到達した現在の実績から考えると、本格的な長距離競技歴は決して早いスタートではありません。

藤蔭高校で本格的に陸上をスタート

中島巨翔選手は日田北部中学校を卒業後、地元・大分県日田市の藤蔭高校へ進学しました。城西大学の部員紹介では「日田藤蔭」と表記されています。

高校1年から陸上競技に本格的に取り組み、高校3年時には全国高校駅伝大分県予選の1区を担当。区間2位でタスキをつなぎ、チームの九州大会進出につなげました。

高校時代の中島巨翔選手は、自分の性格を「負けず嫌い」と回答。陸上の魅力については、練習した分だけ結果につながるところを挙げていました。また、当時の目標は大学で5000m日本一になることでした。

最初から全国屈指の高校長距離選手として脚光を浴びていたわけではありません。そこから大学で走行距離を増やし、箱根駅伝の主力へ成長したところに、中島巨翔選手の伸びしろの大きさが表れています。

高校2年の春に城西大学からスカウト

大学進学につながる大きな出来事は、高校2年の春に訪れました。

中島巨翔選手は城西大学から声をかけられ、箱根駅伝出場に近づける大学だと感じて進学を決断しています。大学へ入った時点では、1年生から箱根駅伝を走ることを目標にしていました。

ただ、高校と大学では練習環境が大きく変わりました。

高校時代は月間走行距離が300km未満だった一方、大学では500~600kmほど走るようになったと本人が振り返っています。城西大学が取り入れている低酸素環境でのトレーニングにも、最初は適応に時間が必要でした。

高校から陸上を始めた中島巨翔選手にとって、大学1年時は単純に結果を求めるだけではなく、トップレベルの大学長距離に体を慣らしていく時期でもあったことが分かります。

城西大学では経営学部に在籍

中島巨翔選手は城西大学経営学部に在籍しています。

箱根駅伝の公式登録資料でも学部は「経営」と記載されています。2026年度は大学4年生で、男子駅伝部の主将を務めています。

大学入学後は1年時から学年リーダーを担当してきました。その積み重ねもあり、2026年1月下旬に新チームの主将へ正式に就任しています。

中島巨翔の経歴!箱根駅伝10区7位から9区6位へ成長

中島巨翔選手の大学での成長がよく分かるのが、箱根駅伝をはじめとするロードでの成績です。

1年生では箱根の登録メンバーに入ったものの出走できず、2年生で10区7位、3年生で9区6位。さらに4年生になる直前にはハーフマラソンで城西大学記録を更新しました。

大学1年で箱根駅伝16人の登録メンバー入り

城西大学へ進学した中島巨翔選手は、大学での練習量の多さに驚きながらも徐々に対応していきました。

1年時の10000mでは29分34秒03、ハーフマラソンでは1時間04分42秒を記録。第100回箱根駅伝では16人のチームエントリーメンバーに入りましたが、当日の出走には至りませんでした。

それでも、高校から本格的に長距離を始めた選手が大学1年で箱根の登録メンバーに入ったことは、その後の成長につながる大きな一歩でした。

2025年の箱根駅伝で10区7位

大学2年で迎えた第101回箱根駅伝では、ついに出走の機会をつかみます。

任されたのは最終10区。中島巨翔選手は1時間09分48秒で区間7位に入り、城西大学の総合6位に貢献しました。箱根駅伝公式サイトにも10区7位として記録されています。

初めての箱根で一桁順位に入ったことで、中島巨翔選手自身も大学駅伝で戦えるという手応えを得たようです。

日田市へ帰郷した際には、市長へ箱根駅伝出場を報告。地元・日田から城西大学へ進み、箱根路を走った選手として地元でも注目されるようになりました。

大学3年は全日本大学駅伝の悔しさから自己ベストへ

大学3年の2025年は、順調なことばかりではありませんでした。

全日本大学駅伝では各大学の主力が集まる7区を任されましたが、53分53秒で区間16位。本人もレース前から強いプレッシャーを感じていたことを後に明かしています。

しかし、そのまま崩れなかったところが中島巨翔選手の大きな転機でした。

全日本大学駅伝から約1週間後、10000mで28分40秒21の自己ベストを記録。苦しい駅伝の後にトラックで結果を出し、再び状態を上げていきました。

2026年箱根駅伝は9区6位

第102回箱根駅伝では、前年の10区から一つ前の9区を任されました。

結果は1時間08分30秒で区間6位。城西大学は総合7位に入り、4年連続となるシード権を獲得しました。

中島巨翔選手は前年の10区7位に続き、2年連続の区間一桁順位です。

箱根駅伝で一度好走するだけでも簡単ではありませんが、異なる区間を任されながら2年続けて上位に入っている点は、ロードでの安定感を示す数字といえます。

日本学生ハーフで1時間01分24秒!城西大学記録を更新

2026年2月には、さらに大きな記録を残しました。

日本学生ハーフマラソン選手権で1時間01分24秒をマーク。公式結果では16位に入り、城西大学の男子ハーフマラソン歴代最高記録となりました。従来の大学記録は山本唯翔選手の1時間01分34秒でした。

城西大学の公式記録表でも、中島巨翔選手の1時間01分24秒がハーフマラソンの大学記録として掲載されています。

5000mの自己ベストは14分05秒72ですが、ハーフでは61分台まで記録を伸ばしています。中島巨翔選手がロードで高く評価される理由がよく分かる記録です。

中島巨翔の性格・人柄は?2026年現在は城西大学の主将

中島巨翔選手は2026年度、上級生が抜けて新しいチームとなった城西大学男子駅伝部の主将を務めています。

単に最も速い選手が主将になったのではありません。大学1年から学年リーダーを務め、周囲との関係を築いてきたことも主将就任につながっています。

自分で語った性格は「負けず嫌い」

高校3年時、中島巨翔選手は自分の性格について「負けず嫌い」と答えていました。

競技歴を見ると、この言葉にも納得できます。

中学までバスケットボールを続け、高校から陸上へ転向。大学では練習量が一気に増え、全日本大学駅伝では思うような結果を出せない経験もしました。それでも、その後10000mの自己ベストや箱根9区6位、ハーフの大学記録へつなげています。

一度の失敗で評価が決まるのではなく、その後にどう走ったかを見ると、中島巨翔選手の強さが分かってきます。

「言葉」より走りでチームを引っ張る主将

中島巨翔選手は、自分について大勢を言葉で強く引っ張るタイプではないと話しています。

2026年度の城西大学は、明るく和気あいあいとした雰囲気が特徴です。中島巨翔選手もその空気を大切にしながら、勢いや日々の走りによってチームを引っ張る主将像を掲げています。

また、本人が挙げる大きな強みが「大きなケガをしないこと」です。

長距離では一度だけ速く走れること以上に、継続して練習を積み上げられる体が重要になります。箱根で2年連続一桁順位を残し、大学3年の2月にハーフの大学記録を更新した

2026年は全日本大学駅伝予選で途中棄権も夏にレース復帰

主将となった2026年シーズンも、順調な場面ばかりではありませんでした。

5月4日の全日本大学駅伝関東地区選考会では3組に出場しましたが、終盤に途中棄権。8人の完走が必要な大会だったため、城西大学は「記録なし」となり、全日本大学駅伝本大会の出場権を得られませんでした。

その後、中島巨翔選手は競技へ戻っています。

7月12日の関東学生網走夏季記録挑戦競技会では10000m5組を走り、29分13秒64で15着。自己ベスト更新ではありませんでしたが、公式結果に出走記録が残っています。

大学最後のシーズンは、成功だけを並べれば語れない一年になっています。それでも主将として秋へ向けてチームの中心にいることに変わりはありません。

2026年秋は出雲駅伝など大学最後の駅伝シーズンへ

2026年8月時点でも、櫛部静二監督は中島巨翔選手を主将とするチームで秋の駅伝シーズンへ向かう姿勢を示しています。出雲駅伝をはじめ、秋以降に伸びてくる選手への期待にも言及しています。

関東学生陸上競技連盟の日程では、第38回出雲全日本大学選抜駅伝が2026年10月12日、第103回箱根駅伝が2027年1月2日・3日に予定されています。

中島巨翔選手にとって、大学最後の駅伝シーズンです。

春の時点では「絶対的エース」と呼ばれる存在を自分が担いたいという思いも語っていました。主将としてチームを支えるだけではなく、走者として結果を残せるかも大きな注目点となります。

大学卒業後は実業団で陸上を続ける意向

中島巨翔選手は、大学卒業後についても実業団で競技を続ける意向を明かしています。

将来的には地元・大分で行われる別府大分毎日マラソンへの出場や、日本代表として走ることを目標にしています。

高校から本格的に陸上を始めた選手が、大学卒業後もトップレベルで走ることを目指すまでになりました。中島巨翔選手がどこまで記録を伸ばしていくのか、大学最後の駅伝だけでなく、その先の走りも楽しみです。

中島巨翔の人物像に関するまとめ

  • 中島巨翔の読み方は「なかしま まさと」
  • 2004年8月3日生まれで、2026年9月現在は22歳
  • 大分県日田市出身で、2026年度は城西大学男子駅伝部の4年生・主将
  • 出身中学校は日田北部中学校で、中学まではバスケットボールを続けていた
  • 出身高校は藤蔭高校で、高校1年から本格的に陸上競技を始めた
  • 父親は市民ランナーで、中島巨翔選手が陸上を始める大きなきっかけになった
  • 姉が2人おり、高校時代の地元メディアのプロフィールで紹介されている
  • 第101回箱根駅伝では10区7位、第102回では9区6位と2年連続で一桁順位を記録
  • 2026年2月の日本学生ハーフで1時間01分24秒を記録し、城西大学記録を更新した
  • 5000m14分05秒72、10000m28分40秒21、ハーフ1時間01分24秒が主な自己ベスト
  • 高校時代から自分の性格を「負けず嫌い」と語り、現在は走りでチームを引っ張る主将を目指している
  • 大学卒業後も実業団で陸上を続け、将来的には別府大分毎日マラソンや日本代表を目指している

中学まではバスケットボール、高校から本格的に陸上という経歴を考えると、中島巨翔選手は大学4年間で大きく伸びた選手の一人です。箱根駅伝で2年続けて結果を残し、ハーフでは大学記録保持者となりました。大学最後の駅伝シーズンで、城西大学の主将としてどのような走りを見せるのか注目されます。

参考・出典

男子駅伝部 | TEAM JOSAI!

藤蔭高校陸上部 中島巨翔(3年) file.578 | オー!エス! OITA SPORTS

陸上・駅伝 – 城西大学・中島巨翔主将「和気あいあい」なチームカラーの中心、絶対的エースの役割を | 4years. #学生スポーツ

箱根駅伝公式資料(PDF)

過去の記録|東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイト

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