男子110mハードルの日本記録保持者として、世界のトップ選手と争っている村竹ラシッド選手。パリオリンピックと東京2025世界陸上で、ともに5位入賞を果たした日本陸上界の注目選手です。
現在の活躍を見ると、陸上の強豪高校で英才教育を受けてきたようにも思えます。しかし、出身高校は千葉県立松戸国際高校で、高校入学時には陸上を続けるつもりがなかったという意外な過去がありました。
この記事では、村竹ラシッド選手が松戸国際高校を選んだ理由や高校時代の記録、インターハイ・国体・U20日本選手権で全国3冠を達成するまでを詳しく解説します。相模台小学校、松戸第一中学校、順天堂大学での成長、両親や国籍、性格、現在の活動についても見ていきましょう。
村竹ラシッドの高校は千葉県立松戸国際高校
村竹ラシッド選手の出身高校は、千葉県松戸市にある千葉県立松戸国際高等学校です。日本陸上競技連盟の公式プロフィールにも、「第一中(千葉)→松戸国際高(千葉)→順天堂大学」という学歴が掲載されています。
松戸国際高校時代には男子110mハードルで全国トップへ成長していますが、陸上の実績だけを理由に進学したわけではありません。むしろ、入学した頃は競技から離れることまで考えていました。
松戸国際高校を選んだ理由は国際教養科と通いやすさ
村竹ラシッド選手は、松戸国際高校を選んだ理由について、国際教養科のカリキュラムに興味があったことと、自宅から自転車で通える距離だったことを挙げています。
陸上の名門校から勧誘されて競技中心で進路を決めたというより、学びたい内容と通学のしやすさを重視した選択でした。高校時代の全国的な活躍を知っている人には、ここは意外に感じられるかもしれません。
松戸国際高校には普通科と国際教養科があり、語学や異文化理解などに力を入れています。村竹ラシッド選手がどちらの学科に在籍していたかについて、学校や本人による明確な在籍学科の公表は確認できませんが、本人は国際教養科のカリキュラムへの関心を進学理由として語っています。
高校では陸上を続けないつもりだった
村竹ラシッド選手は、松戸第一中学校の陸上部で厳しい練習を経験したうえ、中学最後の大会では肉離れも負いました。そのため、中学校を卒業した段階では「陸上はもういい」と思い、高校で続ける予定はなかったと振り返っています。
当時は現在ほど体が大きくなく、高校になるとハードルが高くなるため、自分の体格では難しいという不安もあったそうです。現在は身長179cmのトップハードラーですが、最初から恵まれた体格を自覚し、自信を持って高校陸上へ進んだわけではありませんでした。
転機になったのは、松戸国際高校陸上部の先輩から熱心に誘われたことです。村竹ラシッド選手は誘いを受けて競技を続け、高校生用の高いハードルに対応するため、自分で跳び方や速く走る方法を研究するようになりました。
世界的な選手になった現在だけを見ると、陸上を続けることは最初から決まっていたように感じます。しかし、先輩の誘いがなければ高校で競技から離れていた可能性もあり、この出会いが大きな転機になったことが分かります。
村竹ラシッドの基本プロフィール
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 名前 | 村竹ラシッド | 競技登録名 |
| 読み方 | むらたけ・らしっど | 公式表記 |
| 英語表記 | Rachid Muratake | 世界陸連表記 |
| 生年月日 | 2002年2月6日 | 2026年9月時点で24歳 |
| 出身地 | 千葉県松戸市 | 松戸市が公表 |
| 国籍 | 日本 | 世界陸連の登録国 |
| 身長 | 179cm | JAL公式情報 |
| 専門種目 | 男子110mハードル | 日本記録保持者 |
| 小学校 | 松戸市立相模台小学校 | 松戸市が公表 |
| 中学校 | 松戸市立第一中学校 | 松戸市が公表 |
| 高校 | 千葉県立松戸国際高校 | 公式プロフィール掲載 |
| 大学 | 順天堂大学 | スポーツ健康科学部卒業 |
| 所属 | JAL | 2024年4月入社 |
| 自己ベスト | 12秒92 | 2025年樹立の日本記録 |
| 主な実績 | パリ五輪・東京世界陸上5位 | 男子110mハードル |
村竹ラシッド選手は、2002年2月6日生まれの24歳です。JALの公式紹介では身長179cm、趣味はドライブ、読書、ゲームと紹介されています。
「村竹ラシッド」という名前は日本陸連や世界陸連で使われている正式な競技登録名です。芸名ではありませんが、戸籍上の表記を本名として説明した公式資料までは確認できないため、本名については競技登録名と分けて扱う必要があります。
村竹ラシッドの高校時代と記録
村竹ラシッド選手は、松戸国際高校の3年間で16秒台から13秒台まで記録を縮めました。高校1年の2017年は16秒27、高校2年の2018年は14秒43、高校3年の2019年は13秒91が年次ベストとして紹介されています。
高校3年になると、インターハイ、国体、U20日本選手権をすべて制覇しました。高校入学時に陸上をやめるつもりだった選手が、わずか3年後には同世代の頂点に立ったことになります。
高校1年はハードルの高さへの対応に苦戦
男子110mハードルでは、年齢や大会区分によって使用するハードルの高さが異なります。村竹ラシッド選手は中学から高校へ進んだ際、この高さの変化と成長する自分の体をうまく合わせることに苦労したと語っています。
高校1年だった2017年の年次ベストは16秒27でした。現在の日本記録12秒92と比べると大きな差がありますが、高校入学当初から完成された選手だったわけではないことが分かる記録です。
松戸国際高校には、ハードルを専門的に指導するコーチが常にいたわけではなかったとも語られています。村竹ラシッド選手は、繰り返し跳びながらフォームを研究し、自分で改善点を探していました。高校時代に身につけた「自分で考える姿勢」は、現在も競技映像や他選手の動きを細かく分析する取り組みにつながっているように感じます。
高校2年でインターハイ8位も腰を負傷
高校2年の2018年には、三重インターハイで初めて全国大会へ出場しました。男子110mハードルの決勝まで進み、14秒43で8位に入賞しています。
ただし、決勝ではアクシデントがあり、本人にとって納得できない最下位という結果でした。さらに同じ月の終わりには腰を大きく負傷し、そのままシーズンを終えています。
全国大会の決勝へ進んだことだけを見れば順調な成長にも映りますが、村竹ラシッド選手自身は「言葉にはできない悔しさに満ちたシーズン」と振り返っています。全国レベルへ到達した喜びと、実力を出せなかった悔しさ、けがによって走れない苦しさが重なった1年でした。
年が明けて腰のけがが回復すると、前年の悔しさを晴らすために練習を重ねました。高校3年での飛躍は突然起きたものではなく、高校2年で経験した失敗や離脱を受け止めた先に生まれています。
高校3年で13秒91を記録
高校3年の2019年6月、村竹ラシッド選手はインターハイ南関東大会の男子110mハードル決勝で13秒91を記録しました。風速はマイナス0.1mで、大会新記録、当時の高校歴代3位タイに相当する好記録でした。
前年のベスト14秒43から、一気に0秒52も短縮しています。高校男子110mハードルでは、高いハードルを越えながら13秒台で走ること自体が大きな意味を持ち、村竹ラシッド選手が世代トップへ進んだことを示すレースとなりました。
なお、13秒91は当時の高校日本記録ではなく、村竹ラシッド選手が高校時代に公認条件で出した年次ベストです。高校歴代3位タイと報じられており、「高校記録13秒91」という場合は、全国高校記録ではなく本人の高校時代の記録として理解すると分かりやすいでしょう。
インターハイを14秒04で初優勝
2019年8月の沖縄インターハイでは、男子110mハードル決勝を14秒04で制しました。決勝は向かい風3.0mという厳しい条件だったため、南関東大会の13秒91には届かなかったものの、2位に0秒17差をつけて全国高校総体初優勝を果たしています。
高校2年のインターハイでは決勝最下位に終わり、直後に腰のけがでシーズンを終えました。それから1年後、同じ全国高校総体の舞台で頂点に立ったことになります。
ただの成功物語として結果だけを見るより、前年に最後まで走り切れなかった悔しさがあったからこそ、優勝の重みが伝わってきます。村竹ラシッド選手にとって、インターハイ優勝は高校時代の成長を証明する大きな結果でした。
国体とU20日本選手権も制して高校3冠
インターハイ優勝後も勢いは止まりませんでした。2019年の茨城国体では、少年男子共通110mハードルを13秒37で優勝。続くU20日本選手権でも、13秒54で優勝しました。
インターハイは高さ1.067mのハードル、国体とU20日本選手権は高さ0.991mのハードルが使われているため、3大会のタイムをそのまま比較することはできません。それでも、異なる規格や大会条件で勝ち切ったことは、村竹ラシッド選手の対応力を示しています。
これにより、村竹ラシッド選手はインターハイ、国体、U20日本選手権の「高校3冠」を達成しました。2020年2月の日本室内陸上でも、U20男子60mハードルの予選で7秒63、決勝で7秒61とU20室内日本新記録を続けて出し、優勝で高校生活を締めくくっています。
高校入学時には競技をやめようとしていたことを考えると、この3年間の変化には驚かされます。先輩からの誘いを受け入れたこと、自分で技術を研究したこと、腰のけがから立て直したことのすべてが、高校3冠へつながりました。
村竹ラシッドの小学校・中学校・大学
村竹ラシッド選手は、高校まで地元の千葉県松戸市で育ちました。松戸市が公表している学歴は、松戸市立相模台小学校、松戸市立第一中学校、千葉県立松戸国際高校、順天堂大学です。
小学校で陸上と出会い、中学校でハードルに挑戦し、高校で全国トップへ成長しました。順天堂大学ではシニア規格の110mハードルで日本のトップ選手となり、世界大会へ進んでいます。
相模台小学校5年生から陸上を始めた
村竹ラシッド選手が陸上を始めたのは、相模台小学校5年生のときです。足が速かったため担任の先生から陸上を勧められ、最初は気が進まなかったものの、実際に入ってみると競技を楽しいと感じるようになりました。
2024年10月には、パリオリンピック5位入賞後に母校の相模台小学校を訪問しています。体育館のバスケットゴールや跳び箱、壁の絵が小学生時代と変わっていないことを懐かしみながら、児童へオリンピックの経験を伝えました。
世界で活躍する陸上選手の第一歩が、本人の強い希望ではなく、担任の先生からの誘いだったことも興味深いところです。高校で競技を続けるきっかけも先輩からの誘いであり、周囲との出会いが村竹ラシッド選手の進路を何度も動かしてきました。
松戸第一中学校でハードルを始めた
相模台小学校を卒業した村竹ラシッド選手は、松戸市立第一中学校へ進学しました。中学からハードルに取り組み、110mハードル選手としての基礎を築いています。
一方で、中学校の練習は本人が「めちゃくちゃきつかった」と振り返るほど厳しいものでした。中学最後の大会で肉離れを負ったことも重なり、高校では競技を続けないつもりになっています。
厳しい中学時代があったから現在の成功につながったと単純には言い切れません。ただ、中学校で磨いた基礎が高校での飛躍を支えたことと、競技を嫌になるほど追い込まれた時期があったことは、どちらも村竹ラシッド選手の歩みを知るうえで欠かせない部分です。
順天堂大学で日本トップへ成長
高校卒業後は、順天堂大学スポーツ健康科学部へ進学しました。大学1年の2020年には、競技会が大きく制限された状況の中でも日本インカレ男子110mハードルで優勝。日本選手権では13秒61まで記録を伸ばしました。 110mハードルの次世代選手については、古賀ジェレミー選手のU20世界大会での活躍も紹介しています。
大学2年の2021年には、日本選手権予選で13秒28の学生新記録を出し、東京オリンピック参加標準記録を突破しました。しかし、決勝ではフライングによる失格となり、代表入りを逃しています。
大学3年の2022年には日本選手権2位となり、オレゴン世界陸上へ初出場しました。大学4年の2023年は肉離れで日本選手権とブダペスト世界陸上を断念しましたが、復帰後の日本インカレで13秒04を記録し、当時の日本タイ記録と学生新記録を樹立しています。
順天堂大学では陸上競技部の副主将も務めました。村竹ラシッド選手は、自分について「先頭に立ってぐいぐい行く性格ではない」と語る一方、競技力でチームを引っ張る立場が合っていると考え、自ら副主将を希望しています。
村竹ラシッドの両親・国籍・性格
村竹ラシッド選手は、トーゴ人の父親と日本人の母親の間に生まれました。父親には跳躍競技の経験があると報じられていますが、両親の名前や現在の職業、兄弟姉妹に関する詳しい公式情報は公表されていません。
千葉県松戸市で育ち、世界陸連では日本の選手として登録されています。パリオリンピック、世界陸上、アジア選手権などでも日本代表として出場しているため、競技上の国籍は日本です。
母親から教わった言葉を大切にしている
村竹ラシッド選手は、母親から「練習は本番のように、本番は練習のように」と教えられたことを明かしています。大きな試合でも普段と同じように力を出すため、現在も意識している言葉です。
高校3年で全国3冠を達成した後も、大学ではフライングによる失格や肉離れを経験しました。それでも復帰して日本記録を更新してきた背景には、日々の練習を本番と同じ緊張感で積み重ねる姿勢があったのでしょう。
両親について公表されている情報は限られていますが、母親の言葉が現在まで競技に生かされていることから、家族の教えを大切にしている一面が伝わります。
凝り性で自分の動きを深く研究するタイプ
村竹ラシッド選手は、自分の性格を「基本的に凝り性」と表現しています。こだわりを持って一つのことを追求する性格が、ハードルにも生かされていると語りました。
大学時代の対談でも、ほかの選手と自分の動きを比べ、使えていない筋肉や動きの甘さを確認しながら改善していると話しています。高校時代に専門的な指導者がいない中で、自分なりに速く走る方法を研究した経験とも重なる姿勢です。
一方、大学では自分の結果だけでなく、対校戦でチームに得点を持ち帰る責任も意識していました。競技中の鋭い表情だけを見ると強気な印象がありますが、普段は物腰が柔らかく、前へ出て周囲を引っ張るよりも、結果や行動で示すタイプであることが本人の言葉から分かります。
村竹ラシッドの経歴と現在の活動
村竹ラシッド選手は2024年3月に順天堂大学を卒業し、同年4月からJALのアスリート社員として競技を続けています。大学在学中に語っていた「オリンピックや世界陸上でメダルを獲得できる選手」という目標に向け、国内外の大会へ出場しています。
高校時代の全国3冠から大学での日本記録、パリオリンピック決勝、12秒台突入へと、段階を踏みながら世界との差を縮めてきました。
パリオリンピックで日本人初の決勝進出
2024年の日本選手権では、13秒07で初優勝を果たしました。続くパリオリンピックでは、日本選手として初めて男子110mハードルの決勝へ進出し、13秒21で5位に入賞しています。
4位とはわずか0秒01差でした。この5位は男子110mハードルだけでなく、日本男子の短距離個人種目におけるオリンピック過去最高順位となりました。
松戸国際高校時代に13秒91だった選手が、5年後にはオリンピック決勝で13秒21を記録しています。使用するハードルの規格は同じ1.067mであり、高校卒業後も技術と走力を大きく伸ばしたことが分かります。
12秒92の日本新記録を樹立
2025年5月にはアジア選手権を13秒22で制し、アジア王者になりました。さらに同年8月16日のAthlete Night Games in FUKUIでは、追い風0.6mの条件で12秒92を記録しています。
これは日本人として初めての12秒台で、泉谷駿介選手と並んで保持していた従来の日本記録13秒04を0秒12更新する日本新記録でした。世界歴代11位タイ、アジア歴代2位に相当する記録として報じられています。
高校3年で初めて13秒台へ入ったときの記録が13秒91だったため、そこからさらに0秒99短縮したことになります。110mの短いレースで約1秒を縮めた事実からも、高校卒業後の成長の大きさが伝わります。
東京2025世界陸上でも5位入賞
2025年9月の東京世界陸上では、予選と準決勝を着順で突破し、男子110mハードルの決勝へ進みました。決勝では13秒18を記録し、パリオリンピックに続いて5位入賞を果たしています。
メダルには届きませんでしたが、日本人最高位タイとなる結果でした。オリンピックと世界陸上で2年続けて決勝へ進んだことで、村竹ラシッド選手が一度だけ好記録を出した選手ではなく、世界大会でも安定して上位を争えることを示しました。
2026年は愛知・名古屋アジア大会へ
2026年シーズンは木南記念の男子110mハードルで優勝しています。日本陸連の選手プロフィールでは、2026年の記録として13秒05が掲載されました。
さらに、2026年9月に行われる愛知・名古屋アジア競技大会の日本代表にも内定しています。男子110mハードルでは、順天堂大学の先輩でもある泉谷駿介選手とともに日本代表として出場する予定です。
今後の目標には、2027年北京世界陸上と2028年ロサンゼルスオリンピックを挙げています。松戸国際高校で先輩から誘われて競技を続けた高校生は、日本人初の12秒台を出し、世界大会のメダルを狙う選手へ成長しました。
村竹ラシッドの高校・学歴・経歴まとめ
- 村竹ラシッド選手の高校は千葉県立松戸国際高校
- 松戸国際高校は国際教養科のカリキュラムへの関心と、自宅からの通いやすさで選んだ
- 中学時代の厳しい練習や肉離れにより、高校では陸上を続けないつもりだった
- 松戸国際高校の先輩から熱心に誘われ、陸上部へ入部した
- 高校2年の三重インターハイでは男子110mハードル8位
- 高校2年の夏に腰を負傷し、シーズンを途中で終えた
- 高校3年の南関東大会で13秒91を記録し、当時の高校歴代3位タイとなった
- 2019年にインターハイ、国体、U20日本選手権を制して高校3冠を達成した
- 小学校は相模台小学校、中学校は松戸第一中学校、大学は順天堂大学
- トーゴ人の父親と日本人の母親の間に生まれ、競技上の国籍は日本
- 順天堂大学4年で13秒04、2025年には12秒92の日本新記録を樹立した
- パリオリンピックと東京2025世界陸上で、ともに男子110mハードル5位に入賞した
村竹ラシッド選手の高校時代は、最初から順調だったわけではありません。競技をやめようとした時期、ハードルの高さへの苦戦、全国大会でのアクシデント、腰のけがを経験しながら、自分で走りを研究して全国3冠へ到達しました。
現在の12秒92という日本記録だけでなく、松戸国際高校で16秒台から一歩ずつ記録を縮めた過程を知ると、村竹ラシッド選手が持つ探究心と粘り強さが、よりはっきり見えてきますね。
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参考・出典
日本陸上競技連盟「東京2025世界陸上 日本代表選手プロフィール・村竹ラシッド」







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