山下一貴選手は、三菱重工マラソン部に所属する長距離・マラソン選手です。駒澤大学時代には箱根駅伝の花の2区を3年連続で走り、社会人になってからは東京マラソンで2時間5分51秒を記録しました。
レース後に見せる「イチタカスマイル」でも知られていますが、「結婚して妻がいるのか」「どこの中学・高校・大学を卒業したのか」「箱根駅伝や世界陸上でどのような走りを見せたのか」も気になるところですよね。
この記事では、山下一貴選手が何者なのか、プロフィールや家族、結婚、学歴、箱根駅伝、マラソンの成績を詳しく解説します。2026年大阪マラソンでの復調や、愛知・名古屋アジア大会の日本代表として挑む現在にも注目しました。
山下一貴は誰・何者?プロフィールを結論から解説
山下一貴選手は、長崎県長崎市出身の陸上長距離・マラソン選手です。
2020年に三菱重工へ入社し、現在は三菱重工マラソン部の主将を務めています。2023年東京マラソンでは2時間5分51秒で日本人トップとなり、ブダペスト世界陸上の男子マラソン日本代表に選ばれました。
2026年大阪マラソンでも2時間6分18秒で日本人2位に入り、同年9月に行われる愛知・名古屋アジア大会の代表に選出されています。
山下一貴の基本プロフィール
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 名前 | 山下 一貴 | 公式登録名 |
| 読み方 | やました いちたか | 英語表記はICHITAKA YAMASHITA |
| 生年月日 | 1997年7月29日 | 2026年9月時点で29歳 |
| 出身地 | 長崎県長崎市 | 登録陸協も長崎 |
| 国籍 | 日本 | 日本代表として世界大会出場 |
| 身長 | 172cm | 2023年の三菱重工発表 |
| 体重 | 54kg | 2023年の三菱重工発表 |
| 血液型 | B型 | 三菱重工発表 |
| 出身中学校 | 長崎市立滑石中学校 | 中学1年から陸上を開始 |
| 出身高校 | 瓊浦高校 | 全国高校駅伝に出場 |
| 出身大学 | 駒澤大学 | 箱根駅伝2区を3年連続担当 |
| 所属 | 三菱重工マラソン部 | 2020年入社 |
| 種目 | 長距離走・マラソン | ロードで強さを発揮 |
| マラソン自己ベスト | 2時間5分51秒 | 2023年東京マラソン |
| 趣味 | ゲーム・アニメ | 所属先公式プロフィール |
| 好きな言葉 | 笑顔 | イチタカスマイルでも有名 |
| 結婚 | 既婚 | 2023年1月に結婚 |
| SNS | X・Instagram | Instagramは「y_ichitaka」 |
三菱重工の公式プロフィールでは、5000mが13分47秒83、10000mが28分31秒89、ハーフマラソンが1時間2分07秒、マラソンが2時間5分51秒と紹介されています。
本名は山下一貴?名前の読み方と由来
山下一貴選手の読み方は「やました・いちたか」です。
日本陸上競技連盟には山下一貴、国際大会では「ICHITAKA YAMASHITA」と登録されています。芸名を使って活動する職業ではなく、別の本名があるという公表もないため、競技上の正式な名前は山下一貴です。
「一貴」という名前には、家族にまつわるエピソードがあります。山下一貴選手によると、親の名前に漢数字の「一」が入っていたことや、子供を「いっちゃん」と呼びたかったことから「一」を付けたそうです。
さらに、漫画『I”s(アイズ)』の主人公・瀬戸一貴と同じ名前であることについて、漫画の登場人物から取ったかもしれないという話も冗談交じりに明かしていました。名前の由来からも、山下家の親しみやすい雰囲気が伝わってきます。
出身地と国籍
山下一貴選手は長崎県長崎市出身の日本人選手です。
公式プロフィールや日本代表歴から国籍は日本と確認できます。2023年のブダペスト世界陸上でも日本代表として出場し、World Athleticsには「JPN」の選手として登録されています。
長崎を拠点とする三菱重工マラソン部へ進んだため、大学卒業後は地元に戻る形になりました。同部は「長崎から世界へ」を掲げており、山下一貴選手は世界陸上やアジア大会への出場によって、その言葉を体現している選手の一人です。
山下一貴は結婚している?妻・子供・家族構成を調査
山下一貴選手は2023年1月に結婚しています。
ただし、妻の名前や年齢、顔写真、職業、馴れ初めなどは公表されていません。両親や兄弟姉妹についても、詳しい家族構成は明らかにされていないようです。
2023年1月に結婚して妻がいる
山下一貴選手の結婚が明らかになったのは、2023年3月の東京マラソン後です。
スポーツ紙の取材では、同年1月に結婚したことが紹介されました。結婚が競技へ与えた影響について聞かれた山下一貴選手は、妻が喜ぶことを意識したユーモアのある言葉で答えています。
妻は一般人とみられ、氏名や職業などの詳しい情報は出ていません。競技に集中できる生活の変化はあったのかもしれませんが、山下一貴選手本人が具体的に語っていない部分まで断定することはできません。
結婚直後の東京マラソンで2時間5分51秒という自己ベストを出しているため、結婚をきっかけに成績が上がったようにも見えます。ただし、本人は大学時代からマラソンを見据えた距離走を重ねており、好記録は長年の練習が実った結果でもあります。
子供はいる?
山下一貴選手に子供がいるという公式発表は、2026年9月時点では確認できません。
結婚していることは報道されていますが、子供の有無について山下一貴選手や三菱重工から公表された情報はありません。そのため、「子供はいない」と断定するのではなく、公開情報では確認できないという状況です。
父親・母親はどのような人?
山下一貴選手の父親と母親の氏名や職業は公表されていません。
確認できる家族の話としては、「一貴」という名前の由来が挙げられます。親の名前に「一」が入っていることや、「いっちゃん」と呼びたかったことが命名につながったと山下一貴選手本人が語っています。
両親がいつから陸上競技を応援していたのか、競技生活をどのように支えたのかまでは明らかになっていません。ただ、長崎の中学校で始めた陸上を高校、大学、実業団まで続けていることから、家族の理解も競技生活を支える一つの要素だったのでしょう。
兄弟姉妹はいる?
山下一貴選手に兄弟や姉妹がいるかどうかは公表されていません。
名前の由来を語った記事には「息子娘を“いっちゃん”と呼びたかった」という趣旨の発言がありますが、この言葉だけで山下一貴選手に姉妹がいるとは断定できません。
一般人である家族について、SNS上の同姓人物などを兄弟と結び付けられるだけの確かな情報も確認できませんでした。
山下一貴の学歴|滑石中・瓊浦高校・駒澤大学出身
山下一貴選手の学歴は、長崎市立滑石中学校、瓊浦高校、駒澤大学です。
小学校名は公表されていませんが、中学1年のときに友人から誘われたことが、陸上競技を始めるきっかけになりました。最初から将来の日本代表として期待された選手ではなく、走る距離を少しずつ延ばしながら力を付けたタイプです。
出身中学校は長崎市立滑石中学校
山下一貴選手は長崎市立滑石中学校の出身です。
中学1年のとき、友人から誘われて陸上競技を始めました。当初は中学校で競技をやめるくらいの気持ちだったと紹介されており、この時点では実業団や日本代表まで進むことを思い描いていなかったようです。
短い距離のスピードで圧倒するというより、距離が長くなるほど持ち味が出る選手でした。この特性が高校駅伝、箱根駅伝、そしてマラソンへとつながっていきます。
瓊浦高校で全国高校駅伝に出場
中学校卒業後は、長崎県内の陸上強豪校として知られる瓊浦高校へ進学しました。
高校3年だった2015年には、瓊浦高校が長崎県予選を制して全国高校駅伝へ出場。山下一貴選手は3区を走り、8.1075kmを24分43秒、区間28位で走り切っています。チームは総合46位でした。
全国高校駅伝で目立った区間順位を残したわけではありませんが、その後の成長を見ると、高校時代は完成形ではなかったことが分かります。学生時代の実績だけでは、その選手がマラソンでどこまで伸びるか分からないことを示す歩みでもあります。
駒澤大学で箱根駅伝2区を3年連続担当
瓊浦高校卒業後は、大学駅伝の名門・駒澤大学へ進学しました。
大学1年時は大きな駅伝での出番に恵まれませんでしたが、2年時から主力へ成長。箱根駅伝では第94回大会から第96回大会まで、3年連続でエース区間の2区を任されています。 駒澤大学の後輩選手については、鈴木大翔選手の駒澤大学での競技経歴も紹介しています。
| 大会 | 学年 | 区間 | 記録 | 区間順位 |
|---|---|---|---|---|
| 第94回箱根駅伝 | 2年 | 2区 | 1時間09分58秒 | 13位 |
| 第95回箱根駅伝 | 3年 | 2区 | 1時間08分09秒 | 9位 |
| 第96回箱根駅伝 | 4年 | 2区 | 1時間08分18秒 | 13位 |
3年間の最高順位は大学3年時の区間9位です。区間賞争いをする華やかなエースではありませんでしたが、各校の主力が集まる2区を3年連続で託されたこと自体、チームからの信頼の大きさを物語っています。
箱根駅伝で襷を受けるのが遅れた珍事
「山下一貴 襷」と調べる人がいる理由は、大学3年時の第95回箱根駅伝で起きた中継所の出来事です。
山下一貴選手が襷を受け取る場所へ到着するタイミングが遅れ、約10秒のロスが生じました。慌ててもおかしくない状況でしたが、山下一貴選手は笑いながら走り出したと、駒澤大学で指導した藤田敦史コーチが振り返っています。
この大会では、ロスがありながら2区を1時間8分09秒の区間9位で走りました。予期せぬ出来事に引きずられず、自分の走りへ切り替えられる落ち着きが表れたエピソードです。
大学時代の苦しさがマラソンにつながった
山下一貴選手自身は、駒澤大学で過ごした4年間を「悩んだ4年間だった」と振り返っています。
箱根駅伝の2区では、他校の圧倒的なエースと競うより、チームを次へつなぐ意識で走っていました。その一方で、将来マラソンで戦うための距離走は大学時代から続けていたといいます。
大八木弘明監督も、山下一貴選手が入学した頃からマラソンで伸びると感じていました。箱根駅伝の順位だけで判断すれば見えにくかった長所が、42.195kmの舞台で大きく開花したのです。
山下一貴のマラソン経歴|東京マラソンから世界陸上まで
山下一貴選手が広く注目された最大の理由は、マラソンへ転向してから急速に記録を伸ばしたことです。
大学卒業後の2020年に三菱重工へ入社。当初は三菱日立パワーシステムズの選手として加わり、組織再編後は三菱重工マラソン部で競技を続けています。
2021年の初マラソンで2時間8分10秒
山下一貴選手は、2021年2月のびわ湖毎日マラソンで初めてフルマラソンに挑戦しました。
記録は2時間8分10秒。当時の初マラソン日本最高記録を2秒更新する好タイムでした。総合順位は18位でしたが、初めての42.195kmで2時間8分台を出したことで、ロード適性の高さが一気に注目されます。
大学駅伝では突出した区間順位を残せなかった山下一貴選手が、マラソンで日本トップクラスへ近づいた最初の転機でした。
2022年大阪マラソンで2位
2回目のマラソンとなった2022年2月の大阪マラソン・びわ湖毎日マラソン統合大会では、2時間7分42秒で2位に入りました。
初マラソンから28秒更新し、2023年のパリ五輪代表選考会「MGC」への出場権も獲得しています。マラソンを走るたびに自己ベストを更新していたことから、長距離界の新星として存在感を高めました。
この成績により杭州アジア大会の代表に一度選ばれましたが、大会が延期されたため代表内定は解除されています。2026年愛知・名古屋大会が、山下一貴選手にとって実際に出場する初めてのアジア大会です。
2023年東京マラソンで日本人トップ
2023年3月の東京マラソンでは、山下一貴選手の名前が全国に広く知られることになりました。
日本記録を上回るペースで進んだ先頭集団に対し、山下一貴選手は無理に動かず自分のペースを維持。30km過ぎに先行選手をとらえると、大迫傑選手や駒澤大学の先輩・其田健也選手との日本人トップ争いを制しました。
最終成績は総合7位、日本人1位。記録は2時間5分51秒で、当時の日本歴代3位でした。2026年2月時点でも日本歴代6位に位置する好記録です。
前年には大腿骨の疲労骨折があり、本格的な練習再開まで約2か月を要していました。それでもリハビリ期間を足づくりやスピード向上につなげたと前向きに振り返っています。故障から復帰した直後に記録を大幅更新した点にも、山下一貴選手の強さが表れています。
ブダペスト世界陸上で終盤まで入賞争い
東京マラソンでの成績により、山下一貴選手は2023年ブダペスト世界陸上の男子マラソン日本代表に選ばれました。
初めての世界陸上ながら、31km地点では先頭に立ち、38km付近でも入賞圏内を走行。世界の有力選手を相手に積極的なレースを見せました。
ところが、40km過ぎに両脚がけいれんして急失速します。それでも途中棄権せず、2時間11分19秒でゴールしました。当時の発表や報道では12位でしたが、World Athleticsの現在の公式結果では11位となっています。
入賞には届かなかったものの、終盤まで世界上位と戦えた経験は大きなものでした。山下一貴選手もレース後、日本選手でも世界と戦える手応えを語っています。
MGCから東京マラソン2025までは苦戦
世界陸上後に行われた2023年10月のMGCでは、2時間14分11秒にとどまり、パリ五輪の代表権を獲得できませんでした。
その後も2024年東京マラソンは2時間17分26秒、2025年東京マラソンは2時間12分34秒でした。自己ベストを記録した2023年東京マラソン以降、4戦連続で2時間10分を切れない時期が続きます。
2時間5分台を一度出しただけに、その後の成績を物足りなく感じた人もいるかもしれません。しかし、世界陸上やMGCを含む条件の異なるレースを経験しながら、再び2時間6分台まで戻してきた点が2026年の復活につながっています。
2026年大阪マラソンで日本人2位
2026年2月22日の大阪マラソンでは、2時間6分18秒で総合6位、日本人2位に入りました。
自己ベストには27秒届かなかったものの、約3年ぶりに2時間10分を切る走りです。ロサンゼルス五輪の代表選考につながる次回MGCの出場権も獲得しました。
山下一貴選手はレース後、久しぶりに納得できるマラソンができたことへの安堵を語っています。今後はトラックで自己ベストを更新し、MGCまでにマラソンでも2時間5分51秒を上回ることを目標に挙げました。
山下一貴のシューズは何?
山下一貴選手が使用しているランニングシューズの具体的なモデル名は、所属先の公式プロフィールでは公表されていません。
大会写真からブランドやモデルを推測した情報もありますが、外見が似た競技用シューズは多く、レースごとに変更される場合もあります。山下一貴選手本人やメーカーによる明確な発信が確認できないため、使用モデルを一つに断定できる情報はありません。
山下一貴の性格と現在|三菱重工主将としてアジア大会へ
山下一貴選手は、笑顔が印象的な選手です。駒澤大学時代に「イチタカスマイル」と呼ばれるようになり、三菱重工の公式プロフィールでも好きな言葉として「笑顔」を挙げています。
一方、いつでも緊張しないタイプというわけではありません。山下一貴選手本人は、レース前にはかなり緊張するため、スタート直前まで周囲の選手と話して気を紛らわせていると明かしています。
物事に動じず前向きに切り替えられる
箱根駅伝で襷を受ける準備が遅れたときも、疲労骨折で長期間走れなかったときも、山下一貴選手はその出来事だけに引きずられませんでした。
世界陸上でも、入賞圏内から両脚のけいれんによって順位を落としながら最後まで完走しています。レース後には悔しさを語りつつ、日本選手でも戦えるという手応えを残しました。
「いつも笑っている」という表面的な印象だけではなく、起きた出来事を受け止め、次のレースへ切り替えられることが山下一貴選手の持ち味です。
三菱重工マラソン部の主将
山下一貴選手は、2024年度から三菱重工マラソン部の主将を務めています。
主将として特に意識しているのは、チーム内でのコミュニケーションです。練習についても自分の感覚だけに頼らず、トレーナーから見た客観的な意見を信頼していると語っています。
三菱重工では朝6時から約60分間の集団走を行い、朝食後に出社。仕事を終えた午後3時30分頃から再び練習する生活を送っています。個人競技に見えるマラソンも、練習相手やトレーナー、職場の支えがなければ成り立たないという考えを持っています。
Instagramでも「イチタカスマイル」が人気
山下一貴選手には「y_ichitaka」というInstagramアカウントがあります。MGCの公式選手紹介ページからも同アカウントへリンクされているため、本人の公式アカウントと確認できます。
また、三菱重工マラソン部の公式XやYouTubeにも、練習や大会の様子が掲載されています。走っているときの真剣な表情だけでなく、選手同士で話す自然な姿を見られることも、山下一貴選手が親しまれている理由でしょう。
2026年アジア大会で金メダルを目指す
山下一貴選手は、2026年9月に開催される愛知・名古屋アジア大会の男子マラソン日本代表です。
男子マラソンは2026年9月26日午前7時30分に行われる予定で、吉田祐也選手とともに出場します。山下一貴選手は暑さや展開の読みにくさを想定しながら、自分らしく最後まで粘る走りを見せたいと語っています。
所属先の公式プロフィールに掲げた今シーズンの目標は「アジア大会優勝」です。その先には、次回MGCで勝ち上がり、2028年ロサンゼルス五輪の日本代表になるという目標もあります。
初マラソンから注目された山下一貴選手ですが、その後は世界陸上でのアクシデントやMGCでの苦戦も経験しました。2026年大阪マラソンで再び2時間6分台へ戻した今、地元・長崎から挑む自国開催のアジア大会は、大きな転機になりそうです。
山下一貴の人物像に関するまとめ
- 山下一貴選手は三菱重工マラソン部に所属する長距離・マラソン選手
- 1997年7月29日生まれで、2026年9月時点の年齢は29歳
- 長崎県長崎市出身で、国籍は日本
- 出身校は長崎市立滑石中学校、瓊浦高校、駒澤大学
- 中学1年のときに友人から誘われて陸上競技を始めた
- 瓊浦高校3年時に全国高校駅伝の3区を走った
- 駒澤大学では箱根駅伝の2区を3年連続で担当した
- 2023年1月に結婚しているが、妻の名前や職業、子供の有無は公表されていない
- 2023年東京マラソンで2時間5分51秒を記録し、日本人トップとなった
- ブダペスト世界陸上では終盤まで入賞を争い、現在の公式結果では11位
- 2026年大阪マラソンで総合6位、日本人2位となり、次回MGC出場権を獲得した
- 2026年9月26日の愛知・名古屋アジア大会男子マラソンで金メダルを目指す
山下一貴選手は、箱根駅伝で圧倒的なスターだった選手ではありません。しかし、大学時代から積み上げてきた距離への強さをマラソンで開花させ、日本代表まで上り詰めました。「イチタカスマイル」の奥にある粘り強さが、アジア大会やロサンゼルス五輪への挑戦でどのような結果につながるのか注目です。
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