國學院大學の長距離エースとして学生三大駅伝で活躍し、2026年の箱根駅伝では1区区間新記録を樹立した青木瑠郁(あおき・るい)選手。大学卒業後も競技を続けるのか、「進路はどこなのか」「どの実業団に入ったのか」が気になっていた人も多いのではないでしょうか。
結論からいうと、青木瑠郁選手の進路は住友電気工業(住友電工)です。2026年4月1日付で入社し、住友電工陸上競技部の長距離選手として競技を続けています。2026年1月に住友電工が正式に採用内定を発表し、現在は選手紹介ページにも在籍選手として掲載されています。
國學院大學では1年生から学生三大駅伝に出場し続け、最後の箱根駅伝で1区区間賞と区間新記録を獲得しました。この記事では、青木瑠郁選手の進路・実業団を中心に、國學院大學を選んだ理由、健大高崎時代からの学歴と競技歴、家族とのエピソード、住友電工入社後の現在まで詳しく紹介します。
青木瑠郁の進路は住友電工!2026年4月に実業団入り
青木瑠郁選手の國學院大學卒業後の進路は、住友電工陸上競技部です。
大学卒業を機に競技を終えたわけではなく、会社に所属しながら陸上競技を続ける実業団選手になりました。2026年9月現在はすでに入社しており、「住友電工入り予定」や「進路未定」という段階ではありません。
2026年1月に住友電工が採用内定を正式発表
住友電気工業は2026年1月13日、青木瑠郁選手の採用内定を公式に発表しました。
発表では、2026年4月1日付で入社予定であることに加え、大学時代の主な実績として日本学生ハーフマラソン優勝、箱根駅伝での活躍、上尾シティハーフマラソン優勝などが紹介されています。
特に入社発表直前の2026年箱根駅伝では、1区を1時間00分28秒で走り、従来の区間記録を更新しました。大学最後の箱根で最高の結果を残した直後に、新しい所属先が正式発表されたことになります。 國學院大學の後輩選手については、野中恒亨選手の國學院大學での活躍も紹介しています。
住友電工は青木瑠郁選手について、学生時代に数々の大会で実績を残してきた選手として紹介しています。同社陸上競技部は「世界で戦える選手を輩出すること」を目標として掲げており、青木瑠郁選手も大学駅伝だけでなく、より高いレベルを目指す環境へ進んだことになります。
現在は住友電工の社員として陸上競技部に所属
2026年9月現在、住友電工陸上競技部の公式プロフィールには青木瑠郁選手が「長距離」の選手として掲載されています。
会社での所属はエレクトロニクス営業本部営業企画部です。つまり、単にチーム名だけを借りて競技しているのではなく、住友電工に入社した社員選手として新しい生活を始めています。
公式プロフィールでは入社後のコメントとして、新人らしく新鮮な気持ちで頑張りたいという趣旨の言葉も掲載されています。
國學院大學のユニホームで箱根路を走っていた姿から、住友電工の選手へ。2026年は青木瑠郁選手にとって、学生ランナーから実業団ランナーへと大きく環境が変わった一年になりました。
なぜ住友電工を進路に選んだ?
青木瑠郁選手本人が「なぜ他の実業団ではなく住友電工を選んだのか」について、細かな理由まで説明した公式発言は確認できません。
そのため、「監督に誘われたから」「待遇が良かったから」といった理由を推測で断定することはできません。
一方、青木瑠郁選手は國學院大學時代の海外レースを経験した際、「世界との差」を感じ、将来はそのレベルで戦いたいという思いを語っていました。また、卒業後についても、まずトラック種目に力を入れていく考えを明かしています。
住友電工も世界で戦える選手の育成を掲げているため、青木瑠郁選手が今後5000mや10000mで記録を伸ばしていくうえで、注目したい環境の一つといえるでしょう。ただし、これを本人が入社先を決めた直接の理由として公表したわけではありません。
青木瑠郁は何者?プロフィールを紹介
青木瑠郁選手は、群馬県出身の長距離ランナーです。
健大高崎高校から國學院大學へ進学し、大学では1年生の段階から学生三大駅伝に出場。最終学年まで主力として走り続けたことで、大学駅伝ファンにはよく知られる存在になりました。
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 名前 | 青木瑠郁 | 公式表記 |
| 読み方 | あおき るい | 住友電工公式 |
| 生年月日 | 2004年3月31日 | 関東学連登録情報 |
| 年齢 | 22歳 | 2026年9月現在 |
| 出身 | 群馬県 | 公式記録などで確認 |
| 国籍 | 日本 | 箱根駅伝登録ではJPN |
| 中学校 | 伊勢崎市立第四中学校 | 競技歴で確認 |
| 高校 | 健大高崎高校 | 高崎健康福祉大学高崎高校 |
| 大学 | 國學院大學 | 人間開発学部健康体育学科 |
| 職業 | 陸上競技選手・会社員 | 住友電工 |
| 所属 | 住友電工陸上競技部 | 長距離 |
| 社内所属 | エレクトロニクス営業本部営業企画部 | 公式プロフィール |
| 5000m | 13分25秒62 | 2026年自己ベスト |
| 10000m | 28分02秒00 | 自己ベスト |
| ハーフ | 1時間00分45秒 | 自己ベスト |
青木瑠郁選手は2004年3月31日生まれで、第102回箱根駅伝の公式エントリー資料でも生年月日と日本国籍が確認できます。大学では人間開発学部に所属し、國學院大學の資料では健康体育学科の学生として紹介されています。
陸上を始めたきっかけは姉だった
青木瑠郁選手の家族について、父親や母親の氏名・職業など詳しい情報は公表されていません。
ただし、住友電工の公式プロフィールでは、姉が陸上競技をしていたことが、自身が陸上を始めたきっかけだったと明かしています。
身近に陸上をしている姉がいたことで走る世界に入り、やがて箱根駅伝の区間記録を更新するランナーへ成長したわけです。
家族との関係では祖母とのエピソードも印象的です。大学入学前、祖母から元気なうちに走っている姿を見たいという思いを伝えられたことが、1年生から勝負しようと気持ちを切り替える大きなきっかけになったと本人が語っています。
当初は大学2年目から勝負し、3年目に主力になれればと考えていました。しかし祖母の言葉を受け、前田康弘監督に5000mで勝負したいと自ら伝えています。
結果的に青木瑠郁選手は大学1年目から三大駅伝に出場しました。大学で早い時期から頭角を現した背景には、記録だけでは分からない家族との出来事もありました。
青木瑠郁の学歴|健大高崎から國學院大學へ
青木瑠郁選手の学歴は、伊勢崎市立第四中学校→健大高崎高校→國學院大學という流れです。
特に國學院大學へ進学してから大きく記録を伸ばし、全国トップクラスの大学長距離選手へ成長しました。
中学校は伊勢崎市立第四中学校
青木瑠郁選手は群馬県の伊勢崎市立第四中学校出身です。
中学3年時には1500mで全国中学校体育大会やジュニアオリンピックに出場するなど、すでに全国大会を経験していました。
現在は5000mやハーフマラソンで結果を残しているため長い距離のイメージが強い青木瑠郁選手ですが、中学・高校では1500mにも力を入れていました。
現在のスピードを武器にした走りにつながる部分は、学生時代の早い段階から培われていたことが分かります。
高校は健大高崎!1500mと5000mで活躍
高校は群馬県の高崎健康福祉大学高崎高等学校、通称・健大高崎高校へ進学しました。
高校1年時には国体少年B3000mで10位。3年時にはU20日本選手権1500mで決勝に進み、インターハイでは5000mにも出場しています。
青木瑠郁選手は高校時代、1500mと5000mの両方に取り組んでいました。大学入学時の5000m自己ベストは14分12秒27で、大学トップクラスの新入生の中では最初から飛び抜けた持ちタイムだったわけではありません。
それでも大学で距離を伸ばしながら力をつけ、実業団入りするまでに5000m13分台前半へと記録を縮めました。
國學院大學を選んだ理由は前田康弘監督の言葉
國學院大學への進学を決めた理由については、本人が具体的に語っています。
青木瑠郁選手は、前田康弘監督が選手と一緒に考えていく指導スタイルに魅力を感じたとしています。さらに入学前には、國學院大學で初優勝を目指すメンバーになろうという趣旨の言葉を掛けられ、それも進学を後押ししました。
入学前は、2年生や3年生になってから駅伝メンバー入りできればと考えていました。
ところが新しい環境に早く適応し、1年生の秋から出雲駅伝に出走。続く全日本大学駅伝では5区を任され、いきなり区間賞を獲得しました。
高校卒業時点では大学駅伝界を代表するスター選手という位置づけではなかった青木瑠郁選手が、國學院大學で急速に存在感を高めていったことになります。
青木瑠郁の國學院大學時代の経歴がすごい
青木瑠郁選手は、國學院大學で4年間にわたって学生三大駅伝へ出場し続けました。
大学1年生から4年生まで出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝に出場しており、故障やチーム内競争もある大学長距離界で、この出場歴は青木瑠郁選手の大きな実績です。
1年生で全日本大学駅伝5区区間賞
大学駅伝ファンに青木瑠郁選手の名前が広く知られるきっかけとなったのが、2022年の全日本大学駅伝でした。
1年生ながら5区を任されると、当時の区間記録までわずか3秒に迫る走りで区間賞。國學院大學を4位から2位へ押し上げました。
一方、本人は後に、この成功によって自分の実力を見誤った部分もあったと振り返っています。
その後の箱根駅伝では1区12位。1年目から成功と悔しさの両方を経験したことが、その後の成長につながっていきました。
大学2年で日本学生ハーフマラソン優勝
大きな転機になったのが2024年3月の日本学生ハーフマラソン選手権です。
青木瑠郁選手は14km付近からペースを上げ、後続を突き放して1時間2分6秒で優勝。学生日本一に輝きました。
住友電工入社後の公式プロフィールでも、本人は印象に残っている試合として大学2年時の日本学生ハーフマラソンを挙げています。
狙った大会で初めて日本一のタイトルを獲得できたことが理由だと説明しており、本人にとっても重要な一戦だったことが分かります。
2026年箱根駅伝1区で区間新記録
國學院大學での4年間を締めくくる大舞台となったのが、2026年1月2日の第102回箱根駅伝でした。
青木瑠郁選手は1区を担当し、1時間00分28秒で区間賞。それまでの1区記録を12秒更新し、國學院大學として初めて1区トップで襷をつなぎました。
箱根駅伝での青木瑠郁選手の4年間を見ると、1年時は1区12位、2年時は3区4位、3年時は4区2位、4年時は1区1位でした。
順位だけを見ても、大学生活を通して箱根で着実に存在感を高めていったことが分かります。
最後の箱根では國學院大學も総合2位。目標としていた総合優勝には届きませんでしたが、青木瑠郁選手自身は大学4年間について悔いはないと振り返っています。
青木瑠郁の現在|住友電工入社後も自己ベスト更新
青木瑠郁選手は住友電工に進んでからも、すぐに実業団のレースへ出場しています。
しかも社会人1年目から、日本のトップ選手が集まる日本選手権で自己ベストを更新しました。大学駅伝で結果を残して終わったのではなく、実業団入り後も記録を伸ばしている点は注目したいところです。
日本選手権5000mで13分25秒62の自己ベスト
2026年6月の第110回日本陸上競技選手権男子5000mでは、予選を13分27秒88の4着で通過しました。
決勝ではさらにタイムを縮め、13分25秒62の自己ベストで5位に入りました。
大学時代の自己ベストだった13分30秒42を実業団入り後すぐに更新したことになります。住友電工公式も、この記録を青木瑠郁選手の自己新記録として掲載しています。
箱根駅伝のようなロードだけでなく、5000mのトラックでも全国トップクラスの選手と競い合っていることが分かります。
2026年7月にはホクレンDCにも出場
2026年7月4日のホクレン・ディスタンスチャレンジ千歳大会にも出場しました。
男子5000mA組を13分53秒65で走り22着。日本選手権の自己ベスト更新後も、トラックレースへの出場を続けています。
大学卒業後について本人は、まずトラックに力を入れたいという考えを明かしていました。実際に住友電工入り後のレースを見ると、その言葉通り5000mを中心に実戦を重ねています。
ニューイヤー駅伝でも注目
実業団入りした青木瑠郁選手を駅伝ファンが楽しみにしている舞台の一つが、全日本実業団対抗駅伝、いわゆるニューイヤー駅伝です。
群馬県出身の青木瑠郁選手にとって、ニューイヤー駅伝は地元を走る大会でもあります。
大学卒業前のインタビューでは、実家の近くにニューイヤー駅伝3区のコースがあることにも触れ、実業団での活躍に意欲を示していました。
もちろん、実際にどの区間を走るかはその年のチーム状況やエントリーによって決まります。そのため「3区を走る」と決まっているわけではありません。
それでも、箱根駅伝1区で区間新記録を出したスピードとハーフマラソン1時間00分45秒の持久力を持つ青木瑠郁選手が、実業団駅伝でどのような走りを見せるのかは大きな見どころになりそうです。
青木瑠郁の性格・人柄は?「集中・執念・努力」を大切にする選手
青木瑠郁選手の性格を一言で断定することはできませんが、本人の発言からは競技に対して厳しく向き合う姿勢が見えてきます。
住友電工の公式プロフィールで、競技に取り組むうえで大事にしている心構えとして挙げているのが、「集中・執念・努力」です。
大学時代のインタビューでも、自分の良かった部分だけでなく失敗を率直に振り返っています。
1年時の全日本大学駅伝で区間賞を取った後には、自分の実力を見誤った部分があったと語りました。また、最終学年には副主将を務めましたが、思うような結果が出なかった時期を大学4年間で最も苦しかった時期だったと振り返っています。
全日本大学駅伝で苦しい走りをした後も、その約2週間後の上尾シティハーフマラソンで優勝。そして最後の箱根駅伝では1区区間新記録を出しました。
順調なレースだけを積み重ねてきたわけではなく、結果が出ない時期を経験しながら最後に大きな記録を残した点も、青木瑠郁選手の大学4年間を知るうえで欠かせない部分です。
競技以外では、公式プロフィールで趣味を「ソロ活」と紹介しており、カラオケや映画を楽しんでいるそうです。好物はオムライスと答えています。
箱根駅伝で見せる勝負師の表情とは違う一面で、こうした素顔を知ると少し身近に感じられますね。
青木瑠郁の進路・実業団に関するまとめ
- 青木瑠郁選手の大学卒業後の進路は住友電工
- 住友電工が2026年1月13日に採用内定を正式発表した
- 2026年4月1日付で住友電工に入社し、すでに実業団選手として活動している
- 現在は住友電工陸上競技部の長距離選手として所属
- 社内ではエレクトロニクス営業本部営業企画部に所属している
- 2004年3月31日生まれで、2026年9月現在22歳
- 群馬県出身で、伊勢崎市立第四中学校、健大高崎高校を経て國學院大學へ進学
- 國學院大學では人間開発学部健康体育学科で学んだ
- 大学1年生から4年間、学生三大駅伝に出場し続けた
- 2024年には日本学生ハーフマラソンで優勝
- 2026年箱根駅伝では1区を1時間00分28秒で走り、区間新記録で区間賞を獲得
- 住友電工入社後は日本選手権5000mで13分25秒62の自己ベストを出し5位に入った
青木瑠郁選手は、國學院大學で箱根駅伝1区区間新という大きな記録を残して学生競技を終え、2026年から住友電工で新たな一歩を踏み出しました。すでに5000mの自己ベストも更新しており、今後はトラックだけでなく、地元・群馬を舞台にするニューイヤー駅伝での走りにも注目が集まりそうです。
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参考・出典
國學院大・青木瑠郁が住友電工入社へ! 4年間学生三大駅伝フル出場、箱根駅伝1区区間新 | 月陸Online|月刊陸上競技
陸上・駅伝 – 國學院大・青木瑠郁 1年時から3大駅伝フル出場、副将として苦しい時期を乗り越えて | 4years. #学生スポーツ







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